第139話 心に残されたもの
終わりにしよう。そう告げた父が再び口を開くことはなかった。その反応にキャサリンは呟いた。
「お父様……どうして……」
キャサリンの力無い声が小さく響いてもなお、父が応答する様子は無さそうだった。キャサリンの唯一の逃げ道が無くなると、彼女は諦めざるをえなくなった。
本当にどうすることもできない。何も足掻けない。そう理解したキャサリンは、魂が抜けるように無気力な表情を見せた。
初めて見る、彼女の表情だった。
(諦めるというのは、自分に悪意があって認めるようなもの。……絶対に意図的だと思っていたけど、こうして目の当たりにすると……胸が痛い。凄く)
どうして自分をそこまで利用することができたのか。仮にも私達は姉妹だったはずなのに。
思い返せば、何故キャサリンは私を粗末に扱い悪用することにしたのか、その原点の理由はわからずじまいだった。
(……関わってこなかったからこそ、わからない。どこかで……何か嫌われる大きな要因があったのかもわからない)
心の奥底に溜まっていた疑問が、一気に渦巻いていく。それと同時に、自分は気にしていないと思っていた事は虚勢だったことがわかる。ぶつけようのない思いが、どこにも消化されず心のなかにただ、居座っている。
(……ねぇ、キャサリンお姉様。私は貴女にとって、生まれて一度も妹ではなかったの?)
初めて悪評を知った時、自分は諦める道を選んだ。それが賢い選択だとすら思いながら。けど実際は、幼い自分が一生懸命傷から隠す為に取った行動だったのかもしれないと、ようやく気がついた。
泣きそうになる気持ちをどうにか沈めようとした時、レイノルト様が優しく腰に手を掛けて引き寄せてくれた。その暖かさに更に涙が出そうになるも、どうにか堪えた。
言葉の無い優しさが、私を包み込んでくれた。
キャサリンの様子を確認した陛下は、本当の終止符をうった。
「キャサリン・エルノーチェの異議申し立てを却下するとし、処罰内容は先程申し渡した通りとする」
今度こそ、その決定に異議を唱える者は現れなかった。
「キャサリン・エルノーチェを連れていけ」
そしてキャサリンは衛兵に半ば引きずられる形で連れていかれた。
扉が閉まる音を確認すると、陛下は残された父に視線を向けた。
「エルノーチェ公爵。何か言うことはあるか」
「…………」
意気消沈していた父は、陛下の問いにゆっくりと頭を上げた。そしてベアトリスとカルセインの方をチラリと見ると、片膝を立てて口を開いた。
「この度は、大きな問題を起こしたこと、そして王家に多大なるご迷惑をおかけしたことを心より深くお詫び申し上げます。決して言葉だけで解決できるものではございません。……よって、私は公爵と宰相の座を下りることをここに陛下のもとに宣言致します」
長引くと思っていた父への処罰は、まさかの一瞬で終わりを向かえた。
(お父様が自らそんなことを言うなんてあり得ない……まさか、お姉様達が何か)
予想外の出来事にベアトリスの方を向けば、こちらを向いて穏やかな笑みを浮かべた。その姿にカルセインとリリアンヌも驚く様子を見せた。
どうやらベアトリスが何か動いていたようだが、それは私だけでなくカルセインもリリアンヌも知らない話だった。
「公爵の宣言、しかと聞き届けた。……では、ここに新たな公爵と宰相の誕生を告げる。ベアトリス・エルノーチェは公爵代理に。カルセイン・エルノーチェは宰相になったことを後日大々的に発表する。双方、良いか?」
「もちろんにございます」
「……はい、承知致しました」
迷いなく頭を下げるベアトリスに、一瞬戸惑いを見せたカルセイン。それでも決定を受け入れて礼をした。
「……では、これにてエルノーチェ公爵家の問題には終幕を告げよう。無論、新たな問題が出てきた時は話を持ってきてくれ。できる限りのことをしよう」
「ありがたきお言葉にございます」
ベアトリスの言葉に続きながら、エルノーチェ家の姉弟は全員が頭を下げた。
キャサリンと父、それぞれの処罰が決まると断罪の時間も終幕を告げた。
陛下が退場すると、父はゆっくりと立ち上がった。そしてゆらゆらとこちらに体を向けると、少しだけ近づいてきた。
その動きに衛兵の目線が強まり、カルセインはベアトリスを守るために一歩前に出た。フェルクス大公子とレイノルト様もそれぞれ守ろうと警戒をする。
腰に回された手がより一層強く引き寄せられながら、ただ静かに父を見続けた。同時に父も私達は子ども達をそれぞれ見渡した。
しばしの沈黙が続いた後、父はゆっくりと深々と頭を下げた。
「……謝って許される事ではないと重々承知している。自己満足と言われても良い。……だが、謝罪をさせてくれ。本当にすまなかった」
それは一体何に対する謝罪なのか。本当に言葉通り自己満足になりかねない謝罪かもしれない。それでも父は、謝罪を選択した。
許す許さないとは別に、その選択は受け入れることにした。それは姉弟全員が同じ思いだった。
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