第138話 運命の分かれ道(ベアトリス視点)



 キャサリンへの処罰が下される数時間前のこと。私は他の皆よりも一足先に王城に到着していた。


 国王陛下の元を訪れると、披露会の威圧感が嘘のように消え去った穏やかな姿で現れた。


「国王陛下にご挨拶申し上げます」

「久しいな、ベアトリス嬢」

「……? 先日もご挨拶をしたかと思いますが」

「……まともな君に会うのが、とても久しくてな」

「それは一体……」


 思いもよらない国王陛下の言葉に思考が停止する。陛下はその反応も想定内と言わんばかりに、落ち着いた様子で話続けた。


「君が母親に苦しめられて、葛藤をしていたことは全て知っている。……知っていて、私は何もできなかった。本当に愚かな国王だ」

「…………まさか、幼い頃の私を覚えてらっしゃるのですか」

「もちろんだ。傲慢でも自分勝手でもなく、礼節を身に付けた小さな淑女の姿を……ハッキリと覚えている。当時はエドモンドの婚約者筆頭候補でもあったからな」

「あ……」


 幼い頃の話。それは、私が母の意図に逆らって過ごした僅かな日々のこと。まともであった自分より、悪評通りの自分であった時間の方が圧倒的に長かった。それでも陛下は、自分の見たものを信じ続けていた。


 陛下の話では、エルノーチェ夫妻は元々警戒対象だったようだ。特に母は要注意人物だったため、エルノーチェ家に関して調べ始めたのは、何も王子妃候補にキャサリンがあがってからではなかったと言う。


「随分昔から、エルノーチェ家がまともではないことは知っていた。だが、この立場であってもなくても、他所の家庭に口を出すことは簡単なことではなかった」


 陛下の言いたいことはよくわかった。そして、同時に色々なことに納得していく。


「もしや今回の申し入れを聞いていただけたのは……」

「あぁ。老いぼれの身勝手な罪滅ぼしだよ。……それを抜きにしても、君の申し入れは正当なもので受け入れられるけどね」

「……ありがとうございます」


 今回の申し入れ、それは父への面会であった。


 確かに陛下の言う通り、面会したいという申し入れは承認される。ただ、こんなにも早くできるのは、何か考慮されたと思っていた。その疑問の正解が、まさか罪滅ぼしとは一つも思わなかった。


(……キャサリンの件に関わったのはリーンベルク大公が動いたというのが理由だと思っていたけれど、もしかしたら陛下は元々関わるつもりだったのかもしれないわ)


 一連の素早い行動に納得していると、一つ疑問を問われる。


「……本気で公爵になるつもりかい?」

「はい。といっても、私はカルセインの代わりですが」

「そうか。一部の家に肩入れはできないが……何かあったら相談しなさい」

「ご厚意に感謝いたします」


 国王という難しい立場のなかで、自分ができる最大の支援を告げてくれる陛下に深々と一礼して、部屋を後にした。


 そして、父のもとへ向かう。


(元々は自分がなるつもりだった。けど、私の想像以上にカルセインは公爵を任せられる器になってきているから。姉として丸投げるのではなく、隣で支えないと)


 これも全てはレティシアのおかげであると思う。彼女が変わる選択をしなければ、キャサリンもそしてカルセインもあのままだっただろうから。


(本当に……優秀な末っ子だわ)


 そんな思いに更けながら、父が拘束されている部屋へと到着する。父とキャサリンはそれぞれ別部屋に拘束されているため、この部屋にキャサリンはいない。衛兵に軽く挨拶をすると、部屋の中へと入った。


「……昨日ぶりですね、お父様」

「ベアトリス……!」


 向けられた視線は怒りのこもったものだった。だが、そんなものはお構い無しに無視をして正面の椅子に座る。


「お前は自分が何をしたのかわかっているのか!」

「えぇ。一から十まで存じております。お父様こそ。ご自分の立場をおわかりで?」

「!」

「……本日面会したのは、嫌味を言われるわけではありませんわ。交渉をしに来たまでです」

「交渉だと?」


 父の頭のなかには存在しなかったであろう言葉の提示に、思わず怪訝な眼差しを向けられる。


「お父様が今まで通り、キャサリンを何がなんでも守るというのであればそれで構いません」

「何が言いたい」

「キャサリンはこの後、性懲りもなく処罰を認めずに抗うつもりでしょう。そこで助け船を求めるのは当然お父様です。……お父様に、良心というものがまだ存在しているのなら。その手を振り払ってください」

「愚かなことを言うな」

「振り払わないのであればそれで構いません。キャサリン共々沈んでいただきます」

「お前に何の決定権が」

「陛下によって。決められたものです」

「!」


 自分の父はここまで話の通じない人間だったかと呆れる反面、父に選択を迫った。


「まともな人間であれば、あそこまで証拠が出揃った状況で王家も大公家も関わる今、逆転の見込みは無いに等しいとわかるはずです」

「……」

「お父様がキャサリンの手を払うのなら、貴方に罪は咎めません。追放せず、公爵の座を下りて隠居するという選択肢を差し上げられます」

「勝手なことを言うなっ!」

「これが妥当だと思いますが。本当はわかっているのではありませんか? 仮にも宰相だった人間です。子どもへの贔屓がいくら激しかろうと、ご自分の現状の立場は分析できていると思うのですが」

「ベアトリスっ」


 自分のプライドを粉々に踏み潰されている今、父が落ち着いて話を聞けているかは定かではない。


「わかっていて、わからないフリをするほど愚かなのであれば、これ以上私が言うことはありません。ただ、助け船を出すおつもりなら。……もう容赦は致しません。徹底的に潰すつもりなのでお覚悟を」

「!!」


 これ以上無い冷気と怒気を振りかざしながら、睨み付けて最後の勧告をしたのだった。

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