第141話 嫌な色を消すために




 父は長い間頭を下げていた。だがそれでも、到底許せるような気持ちにはならなかった。父がその場を去ると、ベアトリスとカルセインは国王陛下との用事があるみたいで、先に出ていった。


 その前に、ベアトリスにキャサリンから個人的に話を聞きたい旨を尋ねると少しの沈黙のあと許可をもらえた。

 リリアンヌはリカルドとフェルクス夫妻と共に、先に王城から出ていった。


 残された私は、レイノルト様にキャサリンに会うことを話した。


「……どうしても、最後にお話したいことがあって」


 これはあくまでも私のわがままだ。本当なら、断罪されたキャサリンとこれ以上関わる必要はどこにもない。けど、残された疑問が私の心のなかでじわじわと嫌な色で広がっていくのだ。


 少しでもその色を消し去るために。もやをなくすために、私は自分のためにキャサリンと話をすることに決めた。


「……本当であれば、危険なことやレティシアが傷つく可能性のあることからは避けたいのですが」

「レイノルト様」

「ですが、貴女の意思を尊重しますレティシア。近くまでお供しても?」

「は、はい」


 レイノルト様に心配かける行為だとわかっていたため、説得するつもりで話し始めたが、想像以上にレイノルト様は私に寄り添ってくれた。


 構築された信頼関係と、ここまででお互いのことを知ってきた過程が生きた気がした。


 レイノルト様にエスコートしてもらいながら、キャサリンがいる元へ向かった。


 拘束されている部屋から一転、罪人と化したキャサリンは簡易的な貴族専用の牢屋にいた。


 牢屋への入り口で足を止める。


「……ここで待ってていただけませんか」

「……はい。お気をつけて。何かあったら叫んでください。すぐに向かいます」

「ふふ、わかりました」


 看守も衛兵もいる中で安全ではあるものの、少し過保護なレイノルト様の言葉に思わず笑みがこぼれた。


 つかの間の暖かな時間を終えると、引き締めた気持ちでキャサリンに近づいた。


「……あら、別れの挨拶にでも来てくれたの? レティシア」


 そう冷たく言い放つ姿には、まだ怒気が含まれていた。


「少し、話を聞きたくて来ました」

「話? 見下すの間違いじゃないの。自分と立場が逆転した哀れな姉を見て嘲笑うために来たのでしょう。本当に良い性格ね」

「そのような意味のないことはしません」


 悲劇のヒロインの姿は見る影もなく、すっかり悪女としての本性を現しているキャサリン。その声色に圧されることなく、動じずに感情のない声で答える。


「はっ。……まぁいいわ。良く考えたら貴女の状況は変わってないもの。例え私が裁かれようとも、貴女の悪評はそう簡単に消えないわ。可哀想ね、レティシア」


 にんまりと嫌な笑みを浮かべるキャサリン。彼女の性悪な部分がどんどんにじみ出ていく。決して演技などではなく、取り繕ったものでもない。本性を出してる様子を見て、どこか哀れに思えてきた。


(私は、母について詳しく知る訳じゃないけど……間違いなく、キャサリンは母に似てる気がする)


 直感的にそんなことを考えながら、無意識にキャサリンに言い返した。


「お姉様が披露会で、最後に醜態を晒してくださったおかげで、多くの貴族の方々が悪評への捉え方が変わりそうです。これに関しては心より感謝申し上げます……と思ったのですが、悪評を作られた方もお姉様ですから、感謝を言う理由がありませんね。撤回しますわ」


 仮面を貼り付ける理由が無いとは言え、私の攻撃に思った以上にイラつく様子を見せるキャサリン。


「……まるで、これから社交界に出るような口ぶりね。無謀なことはしない方が良いわよ」

「やってみないとわからないことは、決めつけないようにしていますので。それと、私をお嫌いになっていた方の言葉は助言とも思っていませんから」


 聞き流します、という意味の笑顔を向ければ、キャサリンは肩を震わせながら睨み付けた。


「やってみないとわからない? わかるわよ。貴女は社交界に向かない。社交界で悪評を消してましてや地位を築こうなんて、到底レティシアなんかにできっこないわ」

「……随分な評価ですね」

「はっ、正当な評価よ」

「ですがお姉様の言う地位に興味はございませんので」

(王子妃……というか、エドモンド殿下の婚約者にはならない。絶対に)


 キャサリンが執着している地位に興味を持ったことは一度もない。自分の感情をそのまま口にした。だが、その回答がキャサリンの怒りの沸点に達する原因となった。


「……そういうところよ」

「……?」

「本当に嫌い。貴女のその価値観が。普通とは全く違う、気持ち悪い価値観」

「……」

「社交界の地位に興味がない? 公爵家に生まれておきながら? ……本当、昔からそうよね。私がたくさんのドレスを選んでいるのに、見かけてもレティシアはまるで無視。それどころか馬鹿にするような目線を向けてさえあった。……何て性悪なのかしら。態度で人のことを否定するんですもの」


 キャサリンのその言葉を聞いて、ようやく理解した。彼女には私を嫌う明確な理由があったのだ。


(ただ何となく嫌いだから、ではなかったのね)


 そこでわかった。


 私と彼女は生まれながら、相容れない関係なのだと。そうわかった時、乾いた笑みがこぼれた。



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