第135話 婚約成立の裏側(レイノルト視点)


 レティシアにドレスを渡した後日。同時に製作した自分の衣装だけが残されていた。


「……やっぱり、着たいな」


 開いている窓から入ってくる風によって、着ろと言わんばかりに衣装が揺れて存在を主張していた。


 だがそれは欲であることを理解している。彼女と婚約をできただけでも今は満足するべきなのだから。


 殻を破って成長し続ける彼女にとって、次のパーティーは本当に重要なもの。残念なことに、婚約の約束を交わしても自分にできることはごく僅かなものだった。それを酷くもどかしく感じながら、ここ数日を過ごしている。


「……何か、できることはないのか」


 ソファーに横になりながら、右腕を顔に当てながらため息をついていた。欲と理性が混ざり合う中、ただ彼女のことだけを考えていた。


 その思考はノック音で一時停止することになる。


「レイノルト!」

「……どうした、リトス」

「レイノルトにお客さんだ」

(お客……まさか彼女が?)

「あぁ、先に言うけど姫君ではないぞ。でも関係はある人みたいだ」

「……? わかった、今行く」

 

 リトスに向けて頷くと、少し乱れた服を直しながら訪問者の元へと向かった。


「貴方は確か……」


 目の前に立っていた青年は、実は何度か交流したことがある人物だった。


 リカルド・フェルクス。彼とはセシティスタ国外で数回会ったことがある。国際交流の場ではよく見かけることがあった。彼の優秀さは、所々で耳にしていた。


「お久しぶりです、リーンベルク大公」

「えぇ、お久しぶりですね。フェルクス大公子」

「夜分遅くに失礼します。突然の訪問をどうかお許しください。実は急を要するお話が」

「何でしょうか」


 急を要する話。


 それがまさに、自分とレティシアの婚約についてであった。フェルクス大公子にとっては私達の縁は早く繋げれば繋げられるほど、自身にとって得になるという話だった。それに加えて、婚約が早めに固められればレティシアの武器になるとのことだった。その言い分はよく理解できる。


(自分の利益だけではなく、当然俺の利益もあげている点はさすがだな。心からも嘘は感じないし、彼の方が国王としての資質があると感じている。……正直な話、俺の感情はどうでもいい。全てはレティシアの為になるなら)


 彼女の事だけを一心に考え、フェルクス大公子の提案に頷いた。


 そして翌日、共に王城へと向かうことになった。 

 王城に到着すると、どこかフェルクス大公子は疲弊していた。聞けば対立している王妃による襲撃を受けたのだと言う。


「念のため別に行動しておいて良かったです」

「……お怪我は」

「大丈夫です。ご心配いただきありがとうございます。……それに襲撃してくれたお陰で決着をつけれそうです」

「なるほど」


 頭の回転の早さや策略の強さを目の当たりにしながら、襲撃受けても臆することなく笑っている姿を見て、彼は本物だと直感で感じた。


(彼の味方をする価値は大いにありそうだ)


 形式的な縁だけでなく、心情的にも彼との縁を繋ぐことを決めた。


 密会に近い話し合いなので、王城内の静かな場所でセシティスタ国王と会うことになった。


 彼とは何度も交流しているため、親交はある程度あった。今日姿を現したことに驚いていたが、動揺はほんの一瞬ですぐさま本題へと入った。


 先にフェルクス大公子の話から始まると、意外にもセシティスタ国王は王位継承をフェルクス大公子で納得していた。


 話を聞けば、自分の息子だからこそどれだけ力量がないかわかっている、とのことだった。レティシアとキャサリン嬢への対応だけ見ても、エドモンド王子に国の未来は任せられないと思う。ほんの少ししか知らない、他国の自分でもそう思うのだ。父であり王である彼からすれば、その答えは揺るぎないものだろう。


 フェルクス大公子との話が終わると、いよいよ自分の番になった。


「それで……リーンベルク大公殿下は何用かな」

「実は、陛下に婚約の証人となっていただきたくて」

「……相手は」

「レティシア・エルノーチェ嬢です」

「レティシア・エルノーチェ……」


 彼女がどう思われているかは未知で、少なくとも接点が低い状況を考えると、彼女の印象が悪くなっている可能性が高いように思った。


「陛下。彼女は貴族内の評価としては良くないものかもしれません。ですが」

「知っている。……エルノーチェ家のことは誰よりも詳しく知っているよ」

「…………左様ですか」

「あぁ。随分昔から調べていたから。レティシア嬢についてそこまで詳しくはないが、息子が婚約者として選んだキャサリン嬢についてなら詳しい。もちろん、キャサリン嬢が悪意ある卑劣な行動をしてきたことまで知っているよ」

「なるほど」


 自分の息子の婚約者なのだから、それは当然な行動だと納得した。


「エルノーチェ家では唯一、レティシア嬢に関しては知らなかったが……大公殿下が婚約を申し込むあたり、相当素晴らしい人材なんだろうな」

「ありがたいことに。他国で宝石を見つけられるとは思いませんでした」

「そこまで……はぁ。どうしてこうもエドモンドは人を見る目がないんだか」


 大きくため息をつきたい気持ちもわからなくない。こんな言い方はしたくないが、エルノーチェ家の四姉妹で唯一の外れ枠を選んだという状況なのだから。


「婚約はもちろん認める。フィルナリア帝国と縁が結ばれるのはよいことだからな。……その前に念のため聞くのだが」

「何でしょうか」

「我が国は現状、フィルナリア帝国より国力は低い。だがそれでも、嫁ぎに行くレティシア嬢に何かあれば敵に回ると認識しておくように。……彼女の父親、エルノーチェ公爵に代わっての言葉だ」

「心に深く刻みます。誰にも傷つけさせまん。宝石は必ず守りますので」


 真剣な眼差しを陛下に向けると、決してそらすことなく見つめ続けた。沈黙のあと、フッと陛下が笑って視線は緩まることになった。


「その言葉、信じよう。……さて、書類を書かなくてはいけないな」


 こうして彼女との婚約が正式に成立したのであった。

 

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