第134話 人形から人間へ
退場すべく者が退場し、必要な発表が終わると演奏の準備が始まった。国王陛下による切り替えの言葉で、披露会の本来の雰囲気が戻り始めた。本格的にダンスタイムとなり、様々な感情の色で交錯していた会場内も落ち着きを見せ始めている。
「お疲れ様です、レティシア」
「ありがとうございます」
キャサリンとの決戦舞台はほとんど収束したが、具体的な処罰が決まるまではまだ幕が下がらない。それでも、ようやくキャサリンという人間の本性を白日の元に晒せたことに達成感を感じていた。
(まだまだ気を抜けない。とにかくまず、国王陛下へ挨拶をしないと)
だが喜びに浸る時間も余裕もなく、レイノルト様と共に国王陛下の元を尋ねた。
「陛下」
「おぉ、来たか」
「レティシア・エルノーチェにございます。国王陛下に挨拶をしに参りました」
「あぁ、知っているよ。もう少しでレティシア・リーンベルクになるのだろう?」
「はい、必ず」
「大公殿下への問いかけではないのだが」
口を開くまもなく、さらっとレイノルト様が答えた。雰囲気から察するに、どうやら関係性の構築ができている様子だった。
「まぁいい。様子を見るからに一方的な想いではなさそうだからな。……レティシア嬢。君の奮闘する姿は実は最初から見ていた」
「そ、そうなのですか」
「あぁ。リーンベルク大公との婚約以前に、これは国と国を繋ぐ重要な婚約だ。その役割を担えるかを見極めていた」
「……担えそうですか」
思わず息を呑んだ。緊張が一気に高まってあふれでる。そんな状態で言葉を待った。
「十分すぎるほどに。能ある鷹は爪を隠すとはこの事かと思うほどだ。あぁ、もちろん意図と違うことはわかって言っている。……国の架け橋として、これからも頑張ってくれ」
「はい。精進致します。陛下、婚約を認可してくださり本当にありがとうございます」
「私にできるのはこれくらいなのでね」
その後、気になった点として自分の悪評については何も思わなかったのか聞いてみると、フェルクス大公子から聞くリリアンヌの本当の姿、実は幼き頃からよく知っていたベアトリスの存在が大きく作用されていた。それ以上に、キャサリンへの警戒心の高さから調査を以前より進めていたことを告げられた。
「王城にいると様々な思惑を目にする。おかげで疑い深くなってしまったものだ……」
「さすがですね」
「……リーンベルク大公は本当に相変わらずだな」
「お褒めいただきありがとうございます」
「耳はついているのか」
「おや、視界がぼやけましたか。この通り。両方ついておりますよ」
「歳はとってもそこまで酷くないわ……」
「ご健康のようで」
「まったく……」
国王のしんみりとした言葉に、どこか適当さを感じさせる声色で答える姿をみながらこっそりと一人でくすりと笑った。
「処罰については後日すぐに席を設けよう。それまでのつかの間、二人の時間を楽しみなさい。晴れて婚約者となったのだから。若者はダンスでもしてくるといいよ」
「恩にきます、陛下」
「ありがとうございます」
婚約へのお礼をもう一度告げると、私達はその場を後にした。
陛下に言われた通り、二人で演奏が響き渡るホールへ足を運んだ。
「踊っていただけますか、私の可愛い婚約者殿」
「……ふふっ。もちろんです。リードはお任せしますね、私の素敵な婚約者様」
「お任せください」
一度離した手を改めて出されると、少しふざけ合うような雰囲気でダンスの準備をした。
「……今日はホールで踊れますね」
「踊りたかったんですか?」
「星の光は幻想的で美しいですが。着飾っていつも以上に輝くレティシアを見れるなら、しっかりと照らされた場所の方が好みです。今日は特に」
「そうですね……今日は確かに」
お互いの服装を見ながら少し恥ずかしそうに微笑むと、ちょうど演奏が終わった。次の曲に備えるように、私達も踊る準備に入る。真ん中でというよりも、ホールの片隅で他に紛れるように踊り始めた。
「……おや。もしや練習されましたか」
「少しだけ。まだまだ苦手ですが」
「いえ、お上手になっていますよ」
「本当ですか」
(やった! 練習した甲斐があった!!)
婚約の約束を交わしてからというもの、いつかそう遠くない日に踊ることは簡単に予想できた為、何とか練習をこなした。
(お兄様に無理をいって練習を付き合わせた甲斐があった)
決して兄は暇な訳ではないが、真実を知って以降何かと気にかけてくれたので、とても頼みやすかった。
「お兄様……カルセイン殿と和解されたのですか」
「えっ」
「……練習相手はカルセイン殿かなと思いまして」
「あぁ。そうなんです。真面目な人なので、自分が行ってきたことに対する償いをとにかくしたい様子でした。おかげさまで練習に気軽に誘えました」
「そうでしたか」
一瞬心の声が漏れでていたかと不安になったが、鋭いレイノルト様の思考によってでてきた言葉だったことに安堵した。
「……その。少しはレイノルト様の前で良い姿を見せたくて」
「レティシア……」
(エスコートを任せるとは言ったけど、二人で踊りたかったから)
初めて手を取った時も、夜空のしたで踊った時も、私は身を任せてばかりでそれこそ人形のようなダンスだった。それをもどかしく思ったのが、練習を始めたきっかけ。
「本当にお上手ですよ。レティシアがリードできそうなくらい」
「ふふ、ありがとうございます」
相手に合わせて、任せて踏むステップじゃなくて。自分の意思で動かす足で作られるダンスが、人形のような自身との別れを意味しているような気がした。
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