第129話 収束させる者




 反論がまともにこないことは簡単に予想できた。それと同時に話が一生平行線になることも察していた。それ故の主張だった。キャサリン側からすればそんなことをされるとは予想もできない為に、理解が瞬時に追い付かず固まっていた。


 そもそも名誉棄損の訴えは、個人で行うことはなかなかしない。基本的には家同士の問題になるため、家から抗議文を出すのが通常の方法であるから。家庭内での揉め事でも、当主が収めるのが当たり前のことなのだ。エルノーチェ家のように当主が機能しない事実に加えて姉妹間でここまで悪意のある行いをされた前例は存在しない。


 キャサリンはその常識を踏まえた上での行動だと考えた。だから公爵家内の実権を持つ父と兄を味方につけて、今まで好き勝手やっていたことは想像がつく。そうすれば私が黙ると思い、実際に黙っていた。彼女は自分の計画は上手くいったと今まで思っていたことだろう。 


(最初から度を越えた行為だったけど、人には我慢の限界というものがあります。お姉様)


 思いを込めた力強い視線を向けながら、しばしの沈黙を過ごした。


(ここまで丁寧に私の思いを伝えても、きっと何一つお姉様に……あなた達には届かないのでしょうね。特にお姉様には私に対する強力なフィルターがありますから。レティシアは自分よりも下の人間でありどれだけ蔑ろにしても構わない、というね)


 その予想は見事的中し、キャサリンよりも先にエルノーチェ家の現当主が口を開いた。


「名誉棄損の抗議だと。キャサリンは今までお前を更生させてきたんだ。一体どうしてそんな非道なことができる。キャサリンに恩こそあって、そんな抗議をすること自体恥だと思わないのか」


 父の身勝手な言い分に、背後から苛々とした雰囲気を感じたものの、姉達よりも先に自分が口を開いた。


「お父様の耳は飾りか何かですか」

「なんだと」

「でなければ、今まで話していた私の全ての話を何一つ聞いていなかったことになりますが。聞いて尚、その主張をなされるのならいよいよ頭がおかしいと言わざるを得ません」

「頭がおかしいのはお前の方だと言っているんだ」

「どの点がでしょうか。私は自分の主張はなに一つとして矛盾がないことを証明するために証拠まで提出致しました。その過程をしっかりと聞いていれば、間違っても私がお姉様に恩を感じているなどという戯言はでてこないはずですよ」 


 キャサリンが改心の余地なしであることは間違いなかったが、父も凝り固まった考えを変えることはできなかったようだ。私の言い分は至極真っ当なのに、それに気づいてないのかただただ不満を爆発させた表情で文句だけを述べている。


「では仮に、お前の抗議が正しかったとして。この場でその発言をすること自体が常識外れであることは間違いない。先ほども言った筈だ。家庭内の揉め事は家庭内で収めるべきだと」

「握り潰すの間違いではないでしょか。その恐れがあったがために、私はこの場を選んだのです。最初から私の言葉を聞くつもりもない方に、問題を解決できると期待したことはありませんでしたから。私も言った筈です。私のことを何も知らない希薄な関係だというのに、干渉をしないでほしいと」

「レティシア、貴女お父様に何という口を……!」


 やっと再起したかと思えば、出てくる言葉は結局私を非難するものだけ。いよいよその行動は飽きて、呆れてくるものだ。私よりも周囲が。それに気が付かないキャサリンは、まだ自分はどうにかなると信じて、とにかく私の粗を探し攻撃する。


(こんなに品のない人間が王子妃? 笑わせてくれるわ)


 呆れた内心で嫌悪を更に強めていると、芯のある響く声が会場に響いた。


「なるほど、これがお前の選んだ婚約者かい? エドモンド」

「「「「「「「「「‼」」」」」」」」」


 途端に会場中の空気が静まり、全ての貴族が首を垂れた。それをすぐさま楽にするよう告げる。姿勢を戻して声の方を向けば、フェルクス大公夫妻の隣に立つセシティスタの国王陛下がいた。


「へ、陛下……どうして」


 驚いたエドモンド殿下の情けない声が響いた。


「甥のめでたい日だ。当然出席するさ。少し遅れてしまったが」

「ご足労いただきありがとうございます、陛下」 


 フェルクス大公子とリリアンヌが深々とお辞儀をする。いくつか簡単に言葉を交わすと、陛下の視線はこちらへと移動した。それと同時に近づいてくる。 


「君がレティシア嬢、かな」

「左様にございます、陛下」

「挨拶は後にしよう。詳しく聞くことになるから」

「はい……」

(…………?)


 その言葉の意図を理解するよりも陛下が場の空気を掌握する方が先だった。


「一連の行いは全て遠目で見ていたよ。レティシア嬢の抗議は、誰かが中に入って取り持つ必要があるだろう。その役目、元々はフェルクス大公家だったのだろうが、私がもらってもいいかな」

「構いません」

「へ、陛下のお手を煩わせることでは……!」


 予想外の出現に焦る父。キャサリンの顔も青ざめている。

 正直私も衝撃を隠せずにいた。


「いや。公正な目で判断させてもらうよ。フェルクス大公家では、肩を持ったと言われかねないだろう」

「で、ですが」

「その方がフェルクス大公家の為にもなる。そうだろう」

「そうですね。ご配慮くださりありがとうございます、陛下」


 父の制する言葉など耳にもくれず、フェルクス大公子と視線を交わしていた。


「これは王家にも関わることなのでね」


 そう呟きを私だけにか、残して中立の距離に立った。


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