第128話 思いを込めた決定打


 もしかしたら。万が一にでも奇跡が起こって、目の前の姉が改心する可能性があるかもしれない。そんな甘い考えを持ったこともあった。


(……情も手加減もこの場では不必要。お姉様。貴女は私を、私達を最後まで道具としか思わなかった。どこまでも悲しい人ですね)


 怒りを通り越して憐れみの感情へ変わった。そして会場内で騒ぐ取り巻きの声をかき消した。


「ではあくまでも、帳簿を偽造したのは使用人だと」

「えぇ……私の言い方が紛らわしかったせいで、本当に申し訳なかったわ」

「…………お兄様」


 私はこれでも、最後のチャンスを与えたつもりだった。形式だけでも家族であった姉へ残ったほんの僅かな情として。それをも蹴ったのは、間違いなくキャサリン自身だった。


 それを理解すると、カルセインにもう一つ証明書を渡すよう手を出した。ぽんっと置かれたものの、手からは暖かさが伝わった。その思いに更に背中を押されながら、声を響かせた。


「こちらに、筆跡鑑定書があります。帳簿を記したのは誰なのかを示すものです」

「…………」

「鑑定の結果、帳簿の偽造部分を記したのはキャサリンお姉様であることが間違いないと判明しました」

「使用人が……真似て書いたのよ」

「その心配もございません。エルノーチェ公爵家に勤める全ての者の筆跡を集めて行った結果ですので」


 どこまで追い詰めても、キャサリンはお得意の言い回しで何度も躱すことが簡単に予想できた。それなら、言い訳できない領域まで全て証拠を揃えれば良いこと。だからこうして準備をしたのだ。


「それでもなお、言い訳をされるおつもりですか。それとも見当違いな話へと話題を逸らされますか」

「っ……」


 リリアンヌほど上手にはできないが、柔らかい雰囲気でキャサリンを詰めていく。


「この帳簿の偽造は、今に始まったことでないこともしっかりと判明しております。五年も前から、キャサリンお姉様の字でレティシアという名前が記されていました。五年前、お姉様と違って私は十三歳でまだ社交界デビューもしていない歳です。そんな人間にドレスは必要でしょうか。装飾品は必要でしょうか。いいえ、必要ないでしょう」


 首を横にふる動作をしながら話を続ける。


「私に贈るため。これだけでは五年もの偽造の理由にはなりません。わかりますか。この帳簿の購入記録と偽造の真実と、お姉様の主張が一つもかみ合っていないのが。筆跡鑑定がお姉様の言葉を全て否定しているのが」

「違う、違うわ……」

「お姉様に言い訳でなく反論があるのであればもちろんお聞きします。筋の通った話を是非お聞かせ下さい。納得できるように」


 自分を守るために躱してきたことが仇となり、上手く思考が回らない。キャサリンの口は動くことはなかった。こんな状況でもなお、自分の保身と私を落とすことしか考えてないから罪を認めることができない。どこまでも自分本位な人間だ。


 筆跡鑑定書という明白な証拠の出現に、周囲の貴族はもちろんキャサリンの取り巻きでさえ善悪の判断がついたことだろう。会場内のキャサリンに味方をする声は静まり返っていった。


 キャサリンの沈黙を確認してから、私は話を最終確認に持っていった。


「何も答えられないということは、事実ということで間違いありませんね」

「そんなわけないでしょう!」

「ではどうぞ、反論を」

「レティシア、貴女そこまでして私を貶めたいの!?」


 言葉が見つからなかった結果、悲痛な叫びをあげた。ただいつもと違うように聞こえたのは、この叫びは演技ではなく本心から出た言葉だからだろう。


「…………貶める、ですか。確かにそうかもしれませんね」

「最低よ! 恥を知りなさい!!」

「ではお姉様も恥を知ってください。何もなかった私を悪役に仕立てて、ありもしない悪評を広めて、ご自分の利益のために散々私を蹴落として利用した。わがまま、癇癪持ち。一度もそんな様子を見せたことはないのに、それが私であるように平気で嘘をつき続けた。無色だった私に悪意たっぷりの評価を唱え続けた結果、偽りのレッテルは簡単にはがせなくなってしまいました」


「それは事実だからでしょう? 貴女が悪評ではない人間なら、それを証明すればよかったじゃない!」

「確かに火消しをしなかった私にも非はあります。ですが…………わかりますか、お姉様。初めて足を踏み入れたはずの社交界で、好き勝手言われ続けて出来上がった悪評が既に定着していた時の気持ちが。……その時に既に手遅れだと感じて諦めた人間の気持ちが。お姉様ご自身で言っていたではありませんか。貴女の悪評は永遠につきまとうもの、諦めなさいと。……悪評を作って貼り付けた張本人である貴女が」


 鋭い眼差しをキャサリンに向けた。その視線の中には、悲しさがにじんでいたことだろう。


「お姉様が私にした今までのことを考えると、私にはお姉様を貶める権利があると思います。…………でもこれは貶める、ではなく私自身の尊厳をかけた真っ当な抗議です。この帳簿と筆跡鑑定書から、お姉様が事実を捏造したことは明らかです。そして、そこから私を利用した数々の悪事が浮き上がります」

「そんなもの、後者はでっちあげじゃない!」

「全ては繋がっていますよ。この帳簿を盾に私がお金を湯水のように使う悪評通りの人間であることを広めたのはもちろん、広めるのは作り出した人間しかすることができませんから、お姉様が私の悪評を作り上げたことも同時に言えます」

「そんな馬鹿な話」

「ありますよ。証拠が存在するのですから」


 ことごとくキャサリンの言葉を遮ると、最後に決定打をうつ。


「これら全ての行為は、私、レティシア・エルノーチェの名誉を著しく下げ傷つけたことの証明です。ですのでお姉様、帳簿偽造に加えて私は、貴女に名誉棄損の抗議を致しますわ」

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