第127話 帳簿が記す真実
話は生誕祭までさかのぼる。
それまでろくに関わってこなかったカルセインという人物について知った時、彼の根底には真面目な部分があることを感じられた。宰相補佐まで務める人間が、キャサリンという妹の一人の言うことを何も無しに一から十まで全てを信じるのはおかしいと感じたのだ。
その疑問から、帳簿の存在にたどり着いた。そこからは事実確認をフェルクス大公家と立ち合いのもと、検証を行ったのだ。
その結果、私が使ったと記載される内容は全てキャサリンが購入したことが判明した。その内容は酷いもので、とんでもない散財の記録が記されていた。
調査中では、購入記録の確認のため各店舗を回ったのだが、どの店舗の従業員も口を揃えて発言した。
「キャサリン様より、購入はレティシア様から頼まれたものだと」
レティシアの我が儘に応える優しい姉、の印象を店舗の従業員へ植え付けるとそれを他のご令嬢やご子息方へと広めるという構図が生まれていた。
悪評が広まる一つの原因はここにもあったのだ。
キャサリンの口から生まれた嘘は検証によって大きく覆された。
「お姉様は、私に頼まれて何種類ものお店へお金を使ったと従業員の方へ告げていたと思います」
キャサリンが言い訳を言う前に、言葉で畳み掛ける。私の発言に、各所からそんな話を聞いたとご令嬢方から呟きが漏れ始めた。
「お姉様の言葉が真ならば、ご購入されたものは私が所有していなければならないと思います。ですが、実際はお姉様が全てお持ちですよね」
これ以上ない無感情の笑みを向けながら、キャサリンの言葉を待った。
「酷いわ……ここまでして私を貶めたいの?」
「…………」
「……貴女がそこまでこの座が欲しかったなんて」
どう説明するのか。
この問いにキャサリンは涙で濁すという行動で答えた。先ほどから思う事だが、質問に正確な答えが返せない姉だ。これで淑女の鑑を名乗るのはお話にならない。
呆れながら目を細めると、キャサリンは更に演技を強めようとした。しかしその行動は主役の登場で打ち消された。
「あら。レティシアは嘘はついてないわよ」
「あぁ。我がフェルクス家が証人だからね。この帳簿の偽造はキャサリン嬢、君の行為で間違いない」
「っ!」
いよいよ大公家の登場に、会場の声の流れが動き始める。二人は颯爽と現れると、ベアトリスの隣に並んだ。
「それでキャサリン。レティシアの質問にはまだ答えてなかったわよね」
優しい声色で攻撃するリリアンヌ。キャサリンは小さく唇を噛み締めている。沈黙が生まれそうになった時、キャサリンにも味方が現れた。
「何をしているんだ」
「お父様っ……!」
父の登場にキャサリンの表情が一転する。
「はぁ。レティシア、お前はまたか。キャサリンの生誕祭での出来事もそうだが、祝いの席で問題事を起こすことが好きなようだな」
「…………」
(キャサリン同様、論点をすり替えて私の印象を下げるのが好きなことですね、お父様)
さすがにこれを口に出すわけにはいかず、無言になる。それを誤解してか、ニヤリとしながら話を続けた。
「今日は祝いの席だ。キャサリンとレティシア、家庭内の揉め事は家庭内でしなさい」
「お父様……申し訳ありません」
ここぞと言わんばかりに、親の権利を発動しようとする父に気持ちの悪さを感じてしまう。表情に出ないよう踏ん張っていると、その発言を一蹴したのはリリアンヌだった。
「祝いの席、ですか。そんな気持ちが無いのであればその言葉を口に出すべきではないと思いますよ。形式上としても、それを口実にするのはもってのほかかと」
「何だと」
「あら、事実ですよね。私の婚約は一ミリも喜んでらっしゃらなかったではありませんか。ねぇ、お姉様」
「そうね。貴女の婚約を知るなり批判しかしてなかったわ」
思い通りにならないイラつきを、父とキャサリン両名から感じ始めた。
「ふふ。それに問題事ではありません。これはレティシアが今までキャサリンから受けた雪辱を果たすための場です。家庭の揉め事、その範疇は何年も前から越えていますから。姉として、レティシアに必要な場だと断言します。ですので当然、主催であり主役である私達が了承しています。どうか会場の皆様もお付き合いくださいませ」
顔は見れないものの、リリアンヌから暖かく力強い想いが私の背中に広がっていく。
リリアンヌの圧倒的なオーラと正論で、父の言い分は粉々に砕ける。父のギリッという歯軋りの音まで聞こえるが、それだけ向こうは余裕が無いことがわかる。
しかしキャサリンは違った。
焦りが見えたのもほんの一瞬で、ニヤリと不敵な笑みを浮かべると直ぐ様反省した態度をとった。
「大変申し訳ありませんでした。……私は、確かに店舗を回る際にレティシアの名前を出しました。でもそれは、レティシア宛に購入するという意味で。それを使用人が誤解をしてレティシアと帳簿に記入したのだと思います。……混乱を巻き起こしてしまい申し訳ありません」
こんな状況でもなお、罪を認めずシラを切るキャサリンに怒りを覚える。
そして取り巻きたちはここぞと言わんばかりに、声をあげ始めた。
「確かにキャサリン様は何度もレティシア様にプレゼントなさっていた筈ですわ」
「えぇ、ドレスを与えたのにキテもらえなかったお話も聞きましたわ」
「それなら帳簿は誤解が招いた悲劇では?」
「これでキャサリン様が責められるのは納得がいきませんわ」
会場はざわつき始めていた。
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