第126話 動機をたどって



 

 これまでの人生、キャサリンは自分の思い描く通りに社交界で事を進めることができていた。それはあくまでも印象の良さを勝ち取った結果、周囲が話を信じてくれていたのだ。常に自分を引き立たせる、他三姉妹がいてその良さは引き立っていた。


 けど、今はもう違う。


 無条件でキャサリンの話を信じてくれていた彼らでさえ、さすがに何かがおかしいと疑い始める。生誕祭のあの日から、キャサリンの印象値は下がり始めている。


 キャサリンにとって、周囲の者達は、自分の話を何でも信じてくれている存在だった。信じてもらえるよう、支持と印象を稼いできたのだから。逆にいえば、彼女にはそれ以外何もない。


 そんなキャサリンに証拠という言葉は酷く縁遠いものだった。固まる理由が一つ、ここにある気がする。


 何も言えなくなったキャサリンに、怪訝な視線を向ける者が現れ始めた。本人もその視線を感じ取ってか、弾けるように声を出した。


「…………私の目線では、レティシアは床から三段ほどの距離を落ちたように見えたのです。それを証明する証拠はございません。報告しなかった理由は、お兄様がしていたこともありましたが、落ちたといってもその程度の高さなら大事ないと思ったからです。……ここまで大事にされるとは思わなくて。動転して気が焦ってしまいました。先ほどまで色々と言葉がこぼれましたが、これが私の言い分だと思ってくださいませ、お兄様」

「…………」

「話を聞かれるだなんて思ってなくて……混乱を招いてしまい、申し訳ありませんでしたわ」


 怪訝な視線を受けたことが引き金となったのか、キャサリンは平静を取り戻しつつあった。そして謝罪というパフォーマンスまで行う余裕を見せた。


 結果、事の行く末がわからなかった貴族はキャサリンに同情の目線を向け始めたように見えた。本人はそう感じただろう。だが実際は、疑問の残る回答で、矛盾な発言への説明は十分にされなかった。それを不思議に思った視線の方が、私は多く感じた。


(あの余裕、突き落とした証明は不可能だと踏んだんだろうな。……うん、ここからは)


 その思いをカルセインは汲み取り目線を合わせて頷いた。話を一度無難な所へ持っていった。


「お前とは意見が違うということがよくわかった」

「……そうですね、残念なことに。ですがお兄様の言い分も、証拠がないようなものですよね?」

「…………」

「ではこの話は平行線ですよね。……また改めて話しましょう」


 カルセインの様子から、話を収束へ持っていけると考えたキャサリンは、真偽をあやふやなまま終わらせようとした。


 カルセインは私の意図を読み取って、口を閉ざしてくれた。

 

 そう、ここで終わらせるほど私は甘くない。生誕祭とは違うのだから。


(決着をつけに来たのだもの。お姉様もそのつもりでしょう?)


 そう内心で口角を上げながら、後方にいるキャサリンの方に体を向けた。


「証拠が不十分でも、キャサリンお姉様が私を突き落とす動機は十分にありますよね?」

「!?」


 驚く様子で素早くこちらを振り向いた。キャサリンに反論する時間は与えなかった。


「お姉様にとって私は、どんなことにでも利用できる妹で、問答無用でとにかく見下せる対象で、全てが気に食わない人間で、使えなくなったら排除したい者ですよね。お姉様の思い通りにならなくなった私は、さぞかし貴女にとって邪魔な存在でしょう。ほら、動機は十分ではありませんか」

「そんな酷いことっ……私は、レティシアを想って少しでも更生してくれればと、努力してきたのよ。気に食わないだなんて、言い掛かりよ」

「事実ですよね。そうでなければでっち上げた悪評、何年もかけて広めませんもの」


 カルセインから私に相手が変わって、自分の方が不利だと感じていた状況から逆転したとでも言わんばかりの、顔色の変わりっぷりだ。


「でっちあげた悪評……それは違うわ。レティシア、自身から目を背けるのはいけないことよ。貴女はこうして変われたのだもの。胸を張っていいの。ただ、過程を忘れないで」


 どの口が言うか。

 思わず毒づいた言葉が出そうになるも、ギリギリの所で呑み込んだ。


「では、社交界で有名だった“エルノーチェ公爵家の四女はわがままで癇癪持ち”という評価は妥当だと?」

「……そうね。貴女は本当に、何と言うか自由だったもの」

「確かに社交界では、好き勝手に散財して思い通りにならなかったら癇癪を起こす。どこまでもわがままが通ると思っている人間に対して評価は良くないでしょう」

「そうよ。よかった、理解しているのね」


 一度同意するような言葉を告げれば、ほれみたことかと余裕の表情を見せる。けどこれは、今から本当の反撃をするための布石でしかないのだ。


「ここに我が家の帳簿の写しがあります。キャサリンお姉様の言う通り、ここ数年私がありとあらゆるものを買ったことが記録されています」

「…………!」


 カルセインから数枚の紙を受け取って、キャサリンに見せつけた。途端にキャサリンの体が硬直する。


「ですが、私にとっては身に覚えのない購入記録です。ですので、フェルクス大公家立ち合いのもと、お兄様に調査をお願い致しました。その結果、こちらに書かれた本当の購入者は、私ではなくお姉様だと言うことが判明しました。……さて、この事実をどう説明されるおつもりですか?」


 堂々とした姿で、怯むことなく私は言いきった。


(ここからが本当の始まりですよ、お姉様)


 

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