第125話 微力な証拠を携えて
階段から突き落とされたあの日。私はカルセインと戦略を立てた。
「まず、今回のことはどこにも口外しないでください」
「……それは姉様にも、か」
「そうですね。パーティー直前で侍女が出入りしている今、聞かれない保証がないと思います」
「確かに……。屋敷内の侍女は皆キャサリン派か」
「そうですね。キャサリンお姉様派でなくとも、味方と言える侍女は少ないと思います」
「そういうことなら……あぁ、わかった」
私で言えばラナのみ。そんな存在がベアトリスにいるとはあまり想像ができない。
「そして。お兄様にはとてもとても重大な役目をお任せします」
「な、なんだ」
思わず息をのんだカルセインに、私は真剣な瞳で意図を告げた。
「種をまいてください。キャサリンお姉様が、あたかも私が怪我をしたと勘違いをするように」
「……大役じゃないか」
「そうですよ。この作戦はお兄様にかかっています」
頑張って欲しいという気持ちを込めて頷いた。
その後、カルセインからどのように種をまいたか聞いた。どうやら父に自分が怪我をした事を報告したらしい。それを、キャサリンが部屋に近づくタイミングで、勘違いを起こせるような言い回しで。
そして薬を用意してきた。
作戦は成功したと言っても良い。カルセインは無事役目を果たしたのだ。
ただ、私の発言に動揺をしていたのはベアトリスもまた同じだった。後ろからカルセインに小声で問い詰める圧を感じた。焦るカルセインの声が耳に届いたのと、キャサリンが口を開くのはほぼ同時だった。
「……聞いたのよ、お父様から」
「私はお父様にすらお伝えしていません」
「それはレティシアの記憶違いじゃないかしら?」
「いえ。怪我をしたのはパーティーの直前でしたので、報告している時間などありませんでしたから。ただ、お兄様がご自身が怪我をしたことをお父様に報告されたのは知っております」
「……そう、なのね。私ったら勘違いをしてしまったわ。この薬はレティシアでなくて、お兄様に渡すべきだったようね」
追い詰められたキャサリンは、何とか自分のぶが悪くならないように立ち回る。その結果、カルセインへと逃げることは予想できていた。
そしてキャサリンはカルセインに近づき、持っている薬を渡した。その足取りは間違いなく焦りが現れていた。
「どうぞお兄様。勘違いをしてしまいご迷惑をおかけしました。是非お使いください」
「……レティシアも怪我をしているのに、俺でいいのか」
「その。お兄様もお怪我をなされているようなので……よろしければ」
さらりと問いを躱すあたり、慣れているキャサリンの所業はさすがと言えるだろう。その様子をカルセインも感じ取ってか、小さく笑みをこぼした。もちろん皮肉を込めたものを。
「はっ。……それは一体どこで優劣をつけたんだろうな」
「それは」
「そもそもの話を聞くが、何故レティシアと勘違いをしたんだ。報告者は俺自身だったのに」
「疲れていたのだと思います」
「そうか……ちなみにキャサリン。俺が何故怪我をしたかまで聞いていたのか」
「いえ、そこまでは……」
劇場をいつものようにキャサリンが作り出してくれたおかげで、会場内の貴族は話の行く末を知るべく集中して耳を傾けていた。
濁すことなくハッキリと発言していた私とカルセインに比べて、キャサリンの発言は誤魔化すようなものが多かった。そこからどちらが印象が良いかは、明白だった。
例えば悪評つきの私に比べれば、それでもキャサリンの支持は上回るかもしれない。だからこその、カルセインなのである。
「俺が怪我をしたのは、お前が階段から突き落としたレティシアを受け止めたからだよ」
「……な、何を言って」
「レティシアの最初の問いに戻ろうか。何故キャサリンがレティシアの怪我の事実を知っていたのか? それは怪我をした現場にいたから」
「も、目撃をしたんですっ」
「後ろ姿からどうやって? ドレスだけでは特定することは不可能だぞ。ベアトリス姉様の可能性もあるのだから」
「その、落ちる前から見ていて」
「それなら犯人は誰だ」
「……じっ、侍女ですわ! レティシアは侍女の扱いが酷かったので。きっと恨みをかって……」
「なら何故それを報告しなかった?」
「お、お兄様が報告したとばかり」
手加減なく畳み掛けていく。まるで今まで悪用されていた鬱憤を晴らすように。
彼は以前は家族内では問題のあった人間だとしても、社交界では常に品行方正で有能な人間という評価だったのだ。
そしてキャサリンとは頭の回転速度がまず違う。もし言い合いになれば、キャサリンの勝ち目はないだろう。自分に不利なこの状況なら確実に。
「つまりキャサリンは、レティシアは階段から落ちて怪我をした。そして自分はその場面を見たと言いたいんだな?」
「そうですわっ」
「その為に薬を?」
「は、はい。痛めてると思ったので」
(…………やっと、自分で墓穴を掘ってくれた)
そう断定した瞬間、勘の良い人達はヒソヒソと話し始めた。
「面白いな。先ほどお前が言っていた、自分を庇ってできたレティシアの怪我はどこへいったんだ? その怪我のために持ってきたんじゃないのか」
「それも」
「それも事実だと言うのか。ではいつどこでどうやって?」
「わ、私の部屋で……それで……」
「すぐに出てこないのは、作り話だからだろう?」
「違いますわっ」
「そうか。話を戻すが、キャサリンが突き落とす姿を俺は見た。微力な証拠は俺自身の怪我だ。怪我の仕方を詳しく調べれば、受け止めた様子が判明する可能性はあるかもしれない。ではお前が見たという証拠は?」
「証拠…………」
カルセインの言う通り、その怪我は証拠になるかはわからない。だがそれしかこちら側には武器がない。苦しい状況だが、カルセインはそれを感じさせずに堂々と言いきった。
証拠など言われることは予定になかったキャサリンは、ついに言葉を途切れさせてしまった。
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