第124話 シナリオを壊して
主役の挨拶回りも終わったところで、形式的な時間から自由時間へと変化した。メインの食事を取る者、ダンスの準備のためにパートナーを探す者などと、各々が目的のために動き始めた。
会場の雰囲気は、どことなく緊張したものが薄まっていった。
その移り変わりが、私達の戦いの幕開けを示していた。
先ほど夫人から貰った言葉などまるで知らないかのように、キャサリンは自分の時間だと言わんばかりのオーラで、ホールの中心へ歩き始めた。もちろんその方向にいるのは私達がいる。
(結局、キャサリンお姉様は夫人の言葉を何も理解しようとはしなかったのね。でなければ、あんな風には動かないから)
周囲の注目が集まるように、エドモンド殿下のエスコートの元中心を歩く姿は、マナー違反ギリギリの所だろう。
キャサリンは自身の評価を更に上げる為に、私を利用したくて仕方ない。それが丸わかりなのが、こちらに接触してくる行動から言える。
生誕祭で評価に少なからずヒビが入ったこと、散々利用したカルセインに見放されたことから、焦っているのは間違いない。 そして、フェルクス公子がリリアンヌと婚約を交わしたことから、王子妃となる自分の地位が危うくなるのを嫌でも感じているだろう。
(エドモンド殿下の婚約者を狙うということは、王妃になる欲がある、ということは誰でもわかるもの。焦らずにはいられないでしょうね)
キャサリンが自分の思い描く未来にする為には、私を利用しなくては不可能ということは確かだ。
今までそれで自身の株を上げてきた。以前描こうとした、性悪な妹を更生させた姉の構図をキャサリンは完成させなくてはいけない。傷ついた評価を帳消しにするためにも。
そう考えを整理しながら、周囲を見渡す。実は先ほどから、レイノルト様の姿が見えなかったのだ。
(キャサリンお姉様とぶつかる前に、声を聞きたかったというのはわがままよね。みつけられないだけで、どこかで見ててくれる筈だから、頑張らないと)
強い意思の元、キャサリンの方向を向いた。向かってくるのはエドモンド殿下との二人で、父の姿は遠くにある。
主役であるリリアンヌとフェルクス公子が休憩で姿を消している今、嫌でも私達に視線が向いてしまうだろう。降り注ぐ貴族の視線が、いつもと違って少し気になってしまった。
(さぁ……かかってこいっ)
うっすらとバレないようにキャサリンを睨んでおいた。そして珍しく私から口を開いた。
「ごきげんよう、エドモンド殿下、キャサリンお姉様」
「……レティシア。えぇ」
「こんにちは、レティシア嬢」
そんなものはキャサリンの予定に無かったからか、若干驚きが声色に現れていた。いつものような悲壮感を演出するのかと思えば、それとは異なる悲しさが醸し出された。
「レティシア、貴女体調は平気なの?」
「……体調、ですか」
「えぇ。私、心配で……今日は来ないのかと思っていたから」
「…………」
決して大きすぎない声だが、周囲が異常なほど静まり返っているからか、会場内によく響いていた。
「これ痛みに効く薬よ。使ってちょうだい。エドモンド殿下に無理を言って用意をしてもらったの」
「是非遠慮せずに使って欲しい」
「…………怪我?」
そう疑問符を浮かべたのは私ではなく、後ろに立つベアトリスだった。全てを知るカルセインは、無言で立っている。
(……今度はどんな話でっち上げたんですか、お姉様)
私の気持ちに答えるように、周囲への説明のように話し始めた。
「私を庇ってくれてありがとう。でもそのせいで怪我をさせてしまって、本当に申し訳ないわ」
どうやらシナリオを作り上げたのは今さっきのことではない。周囲の反応をさっと見渡す限り、納得する者が何人かいた。
(なるほど、さっきの時間で吹き込みは終了してたということね)
キャサリンが作りあげたのは、私を更生させた結果、私がキャサリンにそれに恩を感じているというものだと予想できた。どうにもならない更生の過程は、省いてしまおうと考えたのだろう。
今でもなお、そんな無理難題を押し通せるのは、キャサリンが自分の評価に自信があるから。そして、私をとことん見下して人形だと思っていることが透けて見えた。
(例えば私が反論しても、私を嘘つきと言えば良いでしょうし、本当のことを言ってもいくらでも躱せる自信があるのでしょうね)
キャサリンが薬を私の方へ渡す動作をすると、キャサリンを支持する一部から声があがった。
曰く、「更生して良かったわ」「仲も修復できたのね」「キャサリン様の賜物よ」「さすがキャサリン嬢だ、素晴らしい」と。
仕込みだとすぐに理解したが、何もわからない中立に立つ貴族はその言葉に反応していた。
(お姉様。シナリオがあるのは貴女だけではないんですよ)
そんな彼らの思考を遮るように、私はキャサリンのシナリオを壊しにかかった。
「お気遣いいただきありがとうございます、キャサリンお姉様」
「いいの。私の責任でもあるのだから」
「……お姉様の言う通り、私は確かに怪我をしています。ですが、その事は誰にも伝えていないんです。何故、ご存知なのですか」
私の思わぬ返答に、会場中の時が止まった。
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