第115話 最悪な罠




 披露会もいよいよ明日となった。


 ベアトリス、カルセインはもちろんキャサリンと父でさえも準備に慌ただしくしている。


 珍しく屋敷にほとんど全員が揃っているが、一家団欒のようなことは間違っても起きない。むしろ二分した今、空気はピリついていた。


「お嬢様、準備万端ですね」

「えぇ。でもまだやれることはやらないと」

「練習ですか?」

「うん」


 以前できなかった睨む行為や、キャサリンに負けない高度な表情管理。そして数多の立ち振舞い方のシュミレーションなど。

 

 明日という戦場に向けて、復習するべきことは山ほどある。

 手鏡を取り出して、表情の最終確認を始めた。


「お上手になられましたね、本当に」

「そう言ってもらえると安心する」


 後ろで見守るラナ。

 生誕祭から今日まで、一番私の練習風景を見てきた彼女が言う言葉にしかない重みがある。


「……馬車の音」

「誰か来たのでしょうか」

「来客の予定があったの?」

「いえ。私が知る限りありません」


 そう首を傾げながら窓に近付き外を見ると、どうやら業者が出来上がったドレスを納品しに来た様子だった。


「あぁ……キャサリンお姉様のか」

「みたいですね」


 今回の主役は間違いなくリリアンヌ。しかし、デザイナーを呼び寄せていた様子を見るとそれを理解しているか怪しいものだ。


「……ちょうどいいわ。私ベアトリスお姉様に会いに行ってくる。今ならキャサリンお姉様に出くわさないでしょうから」

「そうですね。ドレスの対応がありますから、今がチャンスですね」


 ラナに同意を得ると、私は静かに部屋を出た。屋敷にキャサリンと父がいる時、行動は慎重にすること。これは言われずともわかることで、実際かなり気にしながら今日を過ごしていた。


 実は先程、ベアトリスの伝言を預かった侍女が部屋に来るよう伝えに来た。当然怪しむ行為だが、顔を見るからにキャサリンの専属侍女ではなかった。


(……例えベアトリスお姉様の呼び出しが嘘だとしても、ベアトリスお姉様の部屋では本人以外何もできないわ)


 危険性は少ないと判断し、タイミングを見計らってベアトリスの部屋に向かった。東側から中央に差し掛かる前で足を止める。


(まずい、お父様だわ)


 中央付近から父が誰かしらと話す姿が見えた。服装から見るに商人で、父も新しく礼服を頼んだ事がわかる。


(……となると突っ切ることができないから、一度外に出て西側の入り口まで回らないといけないな)


 ベアトリスの部屋の下付近にはキャサリンの部屋があるため、一階を突っ切ることはできない。そう判断すると、屋敷の外を目指して階段に向かった。


(……急ごう。もし本当にベアトリスお姉様が呼んでいるのなら、明日の事に関して重要な話だろうから)


 そうどこか焦りを感じながら階段を数段下ったその時。


 背中をドンッと突然誰かに押された。


(えっ……!?)


 あまりにも急な出来事に、どうすることもできない。顔を見ようにも押した瞬間、立ち去る足音が聞こえた。


 体が空中に投げ出される。


 頭が真っ白になりながら、目を強く瞑った。


「……っ」


 痛い壁に当たる。


 だがその予想は裏切られ、誰かに抱き止められた。


「……大丈夫か、レティシアっ」

「…………お、お兄」

「静かに……俺なら大丈夫だ。お前は」


 気がつけばカルセインが受け止めてくれていた。ただ、カルセインが下敷きになる形になっていた為、慌てて声を出すも制される。


 事態をどことなく把握すると、カルセインに合わせてすぐに小声で答えた。


「大丈夫です。ありがとうございます……一体何が起こって」

「説明する。俺の部屋に移動しよう」


 助けられながら立ち上がると、二人で気配を殺しながらカルセインの部屋に向かった。


「……怪我は無かったか」

「私は何とも。それよりもお兄様の方が」

「あまり舐めてくれるな。宰相補佐と言えど、剣術は身に付けてる。ある程度は動ける」

「……本当にありがとうございます」

「礼には及ばないさ。それより、お前が無事で良かった」


 気持ちを落ち着かせるために温かい紅茶をくれるカルセイン。

 未だに恐怖は拭えないが、今は他に気になることがあった。


「……私の背中を押したのは」

「キャサリンだ。去り際にドレスが見えた。あれは侍女の格好じゃない。……まさか本人直々に手を出してくるとはな」

「予見していたのですか」

「……姉様がな。披露会が始まるまで、何が起こるかわからないから各所に注意を払っておくようにと。……偶々部屋から出たら、挙動の怪しいキャサリンがいたからな。何をするかは想像できた」

「…………」


 カルセインの目から、キャサリンはかなり追い詰められた状態に見えたようで、そのキャサリンがしそうな行動は、私を披露会に参加させないことだと推測したと言う。


 背中の感触を思い出して、少し震えた。カルセインは震えを無くそうと、ゆっくり背中をさすってくれた。


「大丈夫か」

「……はい。殺すつもりはなかったでしょうから」

「そこまでの度胸はない。あくまでも怪我をさせるつもりだったんだろうが……今回は一線を越えた。身内でも、決して許されることではない」

「……はい」

「……だが何分証拠がな」


 怒りを露にするが、現実的な思考の末に唇を噛むカルセイン。


「…………………お兄様、私に案があります」


 その姿に触発されてか、恐怖よりも怒りが沸き上がった私は、どうにか頭を働かせるのだった。

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