第114話 立場と衣装




 リトスがこぼした言葉に内心首をかしげていると、レイノルト様はすぐさま口を開いた。


「レティシア、いらしてたんですか」

「はい。レイノルト様に会いに来ました」

「……!! そうでしたか。わかりました、しばしお待ちを、すぐに準備をして参ります」

「ゆっくりで構いませんよ」


 外套を着ていたため、身だしなみを整える必要がありそうだった。急ぎ向かうレイノルト様の後ろ姿に声をかける形になってしまった。


「……助かった。ありがとう姫君」

(……緑茶のことかな?)


 小声でリトスにそう言われ、礼には及ばないことを笑みと会釈で伝えた。


 リトスのことも見送った所で、ゆっくりと椅子に座った。

 慰労会に告白の返事と、すっかり馴染み深くなった部屋を見渡しながら一人静かに待っていた。


 それも束の間の出来事で、すぐさま扉のノック音が聞こえる。


「お待たせしましたレティシア」

「待っていませんよ。むしろお疲れのところ、わざわざありがとうございます」


 お互いに軽く挨拶をしながら、ペコリと頭を下げた。


「それで、本日はどうされましたか?」

「リリアンヌお姉様からのお使いで。披露会の正式な招待状をお渡しに来ました」


 そう言うと、手持ちのバックを開けて招待状を取り出す。


「なるほど、遠い所ありがとうございます」

「こちらこそ。出席していただけてありがたいです」

「……おや? 二つありますね」

「もう一つはベアトリスお姉様からの簡易的な手紙らしいです。内容は私も知らないのですが。披露会までに見て欲しいと」

(……あれ、なるべく早くって言ってたかな)


 ベアトリスの伝言を思い出そうと頭を回転させる。


「わかりました。……ところでレティシア。その、ドレスはお決まりですか?」

「はい。ベアトリスお姉様が用意してくれたのでそれを」

「そ、そうですか」

「?」


 どこか落ち込む表情を一瞬だけ見せるも、すぐに手紙に意識を戻して確認を始める。


「……出来るだけ早くお読みくださいとありますね。いっそのこと今読んでしまいますか。返事を要するならここで書いた方がいいかもしれませんし」

「そうですね。その場合私が届けます」

「はい、よろしくお願いします」


 そう言うと、レイノルト様は封を開き読み始めた。向かい側に座っているため、顔が良く見える。

 真剣に読み始めたと思えば、何故か段々と表情が明るくなっていった。


(何か良いことでも書いてあったのかな? ……でも差出人はベアトリスお姉様よね。何だろう、気になる)


 表情の変化に気になっていると、すぐさま顔を上げて満面の笑みで話し始めた。


「レティシア、貴女に報告があります」

「何でしょうか」

「ベアトリス嬢はドレスの用意をしていないそうです」

「えっ」

「恐らく全て読んでのことですが、レティシアを安心させるための一言だったみたいです」

「え、あのどういう」

「読んでみてください」

「は、はい」


 ベアトリスの言動の意図が理解しきれずに、取り敢えずレイノルト様に渡された手紙を読む。


 するとそこには、書面でやり取りをしていなくても婚約者と位置付けられるレイノルト様がドレスを用意することを見越しての言葉であったことが書かれていた。


 私に自分で用意をさせないための立ち回りだったことを知り、なるほどと納得をした。


「……もしかして、先ほど落ち込んだのは」

「顔に出ていましたか? 隠したつもりでしたが……」

「一瞬だけ。ずっと見ていたのでわかりました」

「……あ、ありがとうございます」


 どうやらベアトリスの読みは的中で、レイノルト様はわざわざ私の為にドレスを用意してくれたみたいだ。それ故に、ドレスの有無はレイノルト様にとって重要だったのだろう。


「それでですね、実はもう準備ができていて」

「お早いですね」

「せっかくなら、ご覧いただこうかと」

「良いのですか?」

「はい。その、感想が欲しいです。気に入らなければ他のものを用意しますから」

「用意していただけでありがたいですよ」


 ということで、私達はドレスが保管されている部屋へと向かった。


「実は今日の外出はそれを受け取っていたんです。……さっき外套を脱いだときに見てもらえるように飾ったのですが」

「ありがとうございます」

「……この部屋です」

「入っても良いですか?」

「……はい」


 いつになく緊張した面持ちのレイノルト様は、余裕があまり見えずに落ち着かない様子が見て取れた。


 レイノルト様が深呼吸をしたのを確認すると、ガチャリと扉を開けた。


「…………凄い。凄い、素敵ですレイノルト様」

「お気に召しましたか?」

「……とっても。自分に語彙力が無いことを悔やみますが、本当に、表現できないほど感激してます。私の好みピッタリで……気に入らない理由がありませんよ」

「それなら、良かった」


 心底安堵したという表情へ変わる。


 薄暗い青色からグラデーションされたドレスはまるで夜空を連想させる。各所に散りばめられた金銀の模様は星空のようで。ただ、しっかりと目立たないような配色とデザインで、品のある落ち着いたドレスだった。


「……差し色が紫色ですね」

「はい。レティシアの瞳と同じです」


 拘り尽くされたドレスに感心しながら、一つ気になることを尋ねた。


「あの。ところでレイノルト様の礼装は」

「それが……悩んでおりまして」

「悩む?」

「はい。まだ私達はどこにも発表をしていない関係ですから、合わせるのは控えた方が良いかと思いまして」

「確かに……そうですね」

「残念ですが」


 残念の二文字に同意しながら頷く。


「お揃いは次の機会、ですね」

「はい。楽しみにしています」


 寂しそうに目線を交差させながら、未来への約束をした。

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