第110話 毒を吐いて
いつものような余裕の表情とは違い、どこか不満を持った笑みを浮かべていた。それでも尚笑みを崩さない表情管理にはさすがと言える。
「ちょうどね、貴女を探していたの。……そうね、せっかくだから私の部屋でお話ししない?」
そう優しく問いかける声色は、明らかに作られたものだと肌で感じた。
本当に優しく、こちらを想った声を私は知ってる。
二人の姉を思い出しながら、問いかけには即答した。
「せっかくのお誘いですが遠慮致します」
「………………ふふふ。遠慮することないのに。外聞でも気にしてるのかしら?」
「ご想像にお任せ致します」
相変わらずの無表情だが、この場に至っては意図的にしている。理由は簡単。キャサリンに感情を見せる必要はないから。もっと言えば、それは決戦の日に取っておくべきだろう。
「…………仮にお聞きしますが、誘いを受けたとして私に何の用ですか」
「気になるなら来ればいいのに」
「いえ」
(……ろくなことじゃなさそう)
いつも以上に対応が面倒なのは、考えて動いているからだろう。
「……たまにはレティシアとお話ししたいと思っただけよ」
「この十八年間、今までそんなことは一度もなかったのに、ですか」
「……ふと思い立ったのよ」
「面白い思考ですね」
「…………」
以前心の中で返していた小さな毒舌の言葉を、今日は声に出して返す。突っ込まれると思わなかったキャサリンは、上手く自分の世界を作り出せない。
まぁ、今は自宅で周囲に人もいないのでその必要もないかもしれないが。
自分のペースに事が進まないことに苛立ちが出始めているのが、指先から感じ取れた。表情には隠れているが、全体では隠れきれてない。
「……変わったわね、レティシア」
沈黙の末、ようやく出た言葉だった。
「変わっていませんよ、私は最初から。……ただ、お姉様の理想とは違うでしょうね」
そう言うと、とびきりの笑みを浮かべて答えた。ほんの少しだけ軽蔑の意味を込めて。
「……私の勘違いだったみたいね。貴女は変わらないわ。いえ、変われないのよね。悪評がついて回るもの、永遠と」
「たかが悪評に、私は左右されません。作り物の評判を壊すことは険しい道のりだとしても、不可能ではありませんから」
「っ!」
嫌味には嫌味を。そして華麗なる表情で。満面の、尚且つ余裕の笑みを向けた。
(リリアンヌお姉様を想像しながら練習してたけど……その成果を発揮できた気がする)
「…………はぁ。困ったわ。またそうやって貴女はわがままを言うのね。……不本意だけど、お父様に報告するわ」
「…………」
(何言ってるの? ……あぁ、そういうことか)
思い出されるのはあの謹慎を受けた出来事。その日のように、でっち上げて私を部屋に閉じ込めさせるつもりだ。
「そうすれば披露会にも行けないわね」
(……やっと、表情が崩れた)
意地の悪い、本性を現した表情を浮かべる。面倒なことになったのを感じながら、言い返すべきか考えた。
「なるほど。前もそうやって、事実と異なることを報告したわけか。納得だな」
「お兄様……!」
(あ……忘れてた)
突然の登場に驚いた反応を見せるキャサリンだが、すっかり目の前の相手に夢中でカルセインの存在を忘れていた。
(……あ。お前、俺のことを忘れてただろうと言いたげな目だわ。はい。その通りです、忘れてました)
キャサリンが動揺している間に、目線だけで謝罪をした。
「後ろで聞く限り、レティシアは何もわがままを言ってなかった。キャサリンの主張は間違いだと俺が証言できる。それでも尚、お前は虚偽の報告をするのか?」
「ご、誤解ですわお兄様。それよりもお兄様はレティシアに騙されておいでです。だから」
「騙していたのはお前の方だろう、キャサリン」
「ち、違」
「生憎その証拠は何もないし、何よりその件は自分に過失がある。だが、今は違う。どちらに非があるか、明らかだと思うがな」
「お兄様っ」
「わからないお前に教えようか。俺は全て聞いていた。これが何を意味するかわかるだろう」
「っ!!」
キャサリンに反論の余地を与えず、容赦なく真実を述べる。その態度はぶれる事なく毅然とした姿は崩れなかった。
「キャサリン。これ以上醜態を晒したくなければ、ここを立ち去ることを勧める」
「…………………………………っ。失礼しますわ」
ギリッと歯ぎしりが聞こえたのは私だけでは無いだろう。その音を残して、キャサリンは図書室を後にした。足音が遠ざかるまで、静かに扉を見つめていた。
「……レティシア」
「はい」
「……少しだけスッキリした」
「私もです」
「そうか」
見上げると、そこには爽快な表情を浮かべたカルセインがいた。
「……だが、レティシア。お前がされた事を考えればまだまだ返し足りないな」
「そうですね」
「やられた分はきっちり返せ」
「それはお兄様にもですか」
「……認める」
「ならお兄様。こき使われてください。確認と頼みごとがあります」
「喜んで引き受けよう」
やる気に満ち溢れたカルセインと、もう一度話し合うために席へと戻った。
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