第109話 王国の事情



 キャサリンと父が婚約の話を耳にして王城から戻ることは予想できたので、鉢合う前にリリアンヌはエルノーチェ公爵家を後にした。


「……そろそろ帰ってくるでしょうね。お父様の対応は私がするわ。キャサリンは家の者の目もあるから下手には動かないでしょう。何かあったらレティシアを守りなさいよ、カルセイン」

「はい」

「守ってくださいねお兄様」

「……あぁ」


 ベアトリスに便乗して、満面の作り笑顔でお願いする。一旦感情が出掛けたのを堪えたカルセインは、無表情になんとか抑えて答えていた。見事な表情管理である。


「二人とも、取り敢えず部屋に籠ってなさい。呼ばれてもいく必要は…………帰ってきたわね」


 指示をし終える前に、荒々しい馬車の音が微かに聞こえる。随分と慌てて帰ってきたことがわかる。


(何も知らなかった故の焦りだよね)


 その考えは二人も同じで、状況を素早く把握する。


「カルセイン、鉢合わせないように部屋へ戻りなさい。お父様に捕まると面倒よ」

「会いたくない人物はもう一人いますしね。姉様の言う通り、部屋に籠っておきます」

「そうしなさい。レティシア、貴女も」

「はい……お姉様もお気をつけて」

「ふふ、ありがとう」


 動きを示し合わせると、私とカルセインはベアトリスの部屋を後にした。


「……不味いな、もうこっちに向かって来てそうな足音だ」

「みたいですね。……お兄様、図書室に行きましょう」

「図書室…………そうか、そうしよう」


 誰かしらの足音を感じ取った私達は、部屋に戻ることを諦めて図書室に籠ることにした。

 直後、扉の隙間から見えたのは父の姿であった。ベアトリスの部屋に行くのを確認すると、二人で図書室の奥へと向かう。


「…………やはりご存じないみたいですね」

「あぁ。あの二人……リリアンヌはともかく、フェルクス大公子なら徹底して情報の管理をするだろうから」

「お詳しいんですか」

「学園で交流したことがあるからな。……宰相補佐として、王城で何度か話題も聞いたことがある」

「やっぱり優秀なんですよね」

「……比較できないほどにな」


 図書室にある椅子にお互い座りながら、会話を進める。

 カルセインとフェルクス大公子は学年では二つ違うが、それでもフェルクス大公子の優秀な話は度々流れてきたらしい。


 成績は常に学年首位。

 留学と称して他国と交流することは多々あったようだ。


「今考えれば、地盤を固めていったのかもしれないな。国内には既に一定の支持者がいたからな。……フェルクス大公子のことを支持する貴族は基本的に静かにしてるんだ。だから勢力として弱くみられがちだが、そんなことは決してない」


 カルセイン曰く、フェルクス大公自身が優秀であった為に王妃が警戒対象として置いていたのは今に始まったことではないようだ。

 

 それを認識しているフェルクス大公子側は、動きは意図的に慎重にしているというのがカルセインの推測だった。


「……あの。宰相補佐であるお兄様から見た国王陛下はどのような方なんですか」

「穏やかな方だよ。けど決断力もあるし周りに流されることはない。所謂、誰の傀儡でもない国王としての器を持ってる方だ。……ただ俺が考えるに、国外との繋がりが薄いのが唯一の欠点だな」

「国外との?」

「あぁ」


 歴代の国王と比較しても、賢王の類に入る現国王は外交に弱い方だった。というのも本人の過失ではなく、王妃に原因があるのだとか。


「近年、周辺国との関係が悪い方へ少しずつ傾いてるんだ。というのも原因は王妃様にある」

「王妃様ですか」

「あぁ。他国の貴賓に対して失礼な態度や振る舞いをしたことで、こちらが頭を下げる形になってる。外交に関わらせなくしたのは良いものの、対応が間に合わなかった国もあった」


 王妃の挙動をいち早く知った国王の対応は早かったものの、噂が広がるのも早かった。


「……こちらに全面的に非がある出来事だったが、そんな国々ともここ最近外交が復活しつつあるんだ」

「喜ばしいことですね。陛下が動かれたんですか」

「そうだと俺も思っていたんだけどな。……擦り合わせて考え直してみたら、フェルクス大公子が動かれてたのかもしれない」

「それって」

「……本当なら、勝機が上がるだろうな」

「それを望みます」

 

 そこで見合わせると、お互いにニヤリと口角が上がった。


 そう話した所で、図書室の扉が開いた。


「……お姉様かもしくは私の侍女かもしれません。見てきます」

「わかった」


 小声でやり取りをすると、静かに立ち上がって扉へ向かった。


(…………!)


 ドレスを見て、息が止まる。


「あら。ごきげんよう、レティシア」

「……………ごきげんよう、キャサリンお姉様」


 そこには警戒すべきもう一人の人物が、張り付けた笑みで立っていた。




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