第111話 愚者は誰か(ベアトリス視点)




 レティシアとカルセインを送り出すと、茶器を急ぎ片付ける。何事もなかった部屋を作り出すために、少し乱れたクッションや椅子を元に戻した。


 人払いを、というりも元より私やリリアンヌの場合用事がある時以外侍女は寄り付かない。今日も特段言い付けなかった為、部屋の中には私一人が残されていた。


 落ち着く暇もなく、荒々しい足音が廊下を伝って部屋まで聞こえる。

 それを確認しなから静かに一人ソファーへと座った。


(来たわね……)


 近づく足音は、遂に部屋の前までたどり着いた。焦った様子で扉を勢い良く開ける。ノックもなしに。


「リリアンヌ!!」

「…………あら。ごきげんよう、お父様。この部屋は私の部屋ですが何かご用で?」

「……いや、間違えた」


 謝罪もなしにさっさと部屋を立ち去るが、リリアンヌの部屋がもぬけの殻であることを確認するととんぼ返りのように戻ってきた。


「ベアトリス」

「騒々しいですね。ノックもなしにどうされましたか」

「……失礼した。リリアンヌはどこにいる」

「あら。存じないのですか。娘の事なのに」

「……っ。知らないから聞いてるんだ」

「婚約したことを考えれば想像がつくのでは?」

「…………………お前、知っていたのか」

「妹の事ですもの。当然ですわ」


 表情を崩す事なく、扉の前に立つ父に向かってさらりと述べる。


「当主の許可無しによくも」

「あら。リリアンヌはお父様からしっかりと許可を取ったと言っていましたよ? 好きにしろと仰られたんですよね」

「だからといって、好き勝手にしていい限度があるだろう!」

「世間一般ではそれを言質と言うのです。リリアンヌが責められる要素はどこにもありませんわ。お父様からも何も聞かなかったのなら、尚更。興味がなかったという事でしょう? それは知らなくて良いこととご自分で判断なされてしたことでしょうから。リリアンヌの落ち度はどこにもないと思いますが」

「……っ」


 声を荒げられても動じる事なく対応する。余裕がない人間を目の前にしているお陰で、冷静さを保つことができる。


「屁理屈なっ」

「ふふ。面白い事を仰りますね。どれも筋道が通った、指摘しようのないことなのに」

「…………対立する気か」

「最初からそのつもりですわ」

「はっ。まさか家を裏切るとは」

 

 ぷちん。


 何かが自分のなかで切れてしまった。


(裏切る、ね。貴方がそれを言うの。……笑わせないで)


 胸の奥が熱くなるのを感じながら、それでも感情的になるのを押さえて言い返し始めた。


「……裏切る。それは信頼関係があってこそ使える言葉ですね。私達に……キャサリンとの間にそんなものを感じた記憶はどこにもありませんわ。そう考えれば、対立は今に始まったことではありませんわね」


 にこりと笑いながら続けた。


「エルノーチェ公爵家の事を考えて動いておりますので、家のことを裏切ってはおりません。むしろ……家を蔑ろにしてきたのはお父様、貴方の方でしょう?」


 言い放った言葉は、どれだけのダメージを持っていたかはわからない。ただ、何も言い返せない状態なのは間違いない。


「……それが、父に対する言葉か」


 ようやく絞り出した言葉に、間髪いれず笑いがこぼれる。呆れた笑い声が。


「あはははっ! …………父親? その肩書きに相応しいことを今まで私達になされてないのに。都合のいい時だけ使うのはもはや、愚者の言い訳ですわ」

「ベアトリスっ」

「怒られる筋はどこにもありませんことよ? ……私は正しい事しか言っておりません。

「妹への負け惜しみか」

「負け惜しみ? 生憎私はキャサリンに負けたと思ったことは一度もありませんの」

「そう強がっていればいい。愚か者めが」

「ご自由に捉えてください。それがその方の視野であり、力量ですから。……話は以上ですよね? ここは私の部屋ですので」


 出ていってください。その言葉は表情で伝えた。力強く睨まれた後、大きな音を立てて扉が閉まった。


「……品のない人」


 そう軽蔑の眼差しを扉の先の父に向けて、緊張を解くのであった。

 


 

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