第107話 上に立つ者の器



 リリアンヌ曰く、夕刻となった今発表が行われたとのこと。


「フェルクス大公子は顔が広いものね……各新聞社を利用したのかしら?」

「そんなところです」

「人脈か……エドモンド殿下に足りないものがここにもあったな」


 現状を理解した一同は、話を細かく確認することに。私自身も懸念と疑問を直接尋ねた。


「お姉様……その疑問なのですが」

「なにかしら、レティシア」

「もちろんお姉様という素晴らしい方が婚約者となれば、フェルクス大公子の良い後ろ楯になれると思います。ですがまだ悪評が消えきったとは……」


 生誕祭でこれ以上ないほどの輝きを見せたお姉様方だが、何年もかけてこびりついた悪評は、一度の舞台で帳消しになるほど楽なものではない。

 まだ私達三姉妹には悪評がついて回ると思う。


「確かにそうだ。……そこの所大丈夫なのか、リリアンヌ」 


 同じ疑問を持ったカルセインも乗っかるが、ベアトリスの表情は全てを把握しているものだった。


「ご心配には及ばず、ですわ。何も慈善活動をしているのはキャサリンだけではないんですよ?」


 二人の婚約が約束されたのは最近の話ではない。幼少期にフェルクス大公子に捕まってからは、孤児院への寄付や訪問、スラム街を訪れたこともあったと言う。


「最初は凄く大変だったし、正直やる気もそこまでなかったの。けどね、積み重ねていく内にやりがいを感じるようになったの」


 何種類ものリリアンヌの笑みを見てきたが、ここまで穏やかに嬉しそうに笑うのは滅多にない。


(心の底から感じてる証拠だ……本当に凄いな、リリアンヌお姉様)


 キャサリンの表面上の薄っぺらい慈善活動とは大きく異なり、リリアンヌは平民に各方面顔が知れ渡ることになっているようだ。それだけ、何年もかけて行動をしてきたと聞き、更に驚きを隠せない。


「顔が知れ渡る……なるほど、だから新聞での発表なんですね」

「そうよ。人脈の問題もあるけど、写真付きで発表すれば彼らにも伝わるから」


 貴族社会でどれだけ悪く言われようが、平民の世界では関係ない場合がある。リリアンヌはそれを見事に使い分けた。そして支持も着実に受けれるように行動してきたのだ。


「もちろん、私のことを悪評のまま見る平民の方もいるわ。それでも少しずつ自分達の支持を増やせていけたら、また恩返しができるでしょ。それでいいの。全員に理解をされるのは難しいから。……正直、キャサリンの活動内容を耳にした時は、立場ある人間になって欲しくないと思ってしまったの。それも私が婚約を受け入れた理由に入るわね」


 それぞれに視線を送りながら、丁寧に説明をし終えた。入れ替わるようにベアトリスが口を開く。


「キャサリンのように、寄付するだけなら正直誰でもできるわ。でも、リリアンヌのように足を運び、改善案を考えて実行する。自分にできる最大力のことを行えるのは数多くないでしょう。私は、リリアンヌは上に立つも者の器があると思っているわ」


 そう語るベアトリスの言葉に頷きながら、私自身もリリアンヌを誇らしく感じた。


「お姉様……私もお姉様のように頑張ります。いずれは……お姉様を助けられるように。それくらいに、必ず成長します」

「ふふ、ありがとうレティシア」


 隣にいる姉を見上げ、どうにか思いを言語化する。


「驚くばかりだが……それさえも隠してたのか。その努力も称賛に値するな」

「あら、お兄様からそんなお世辞をいただけるとは」

「……本心だ。凄いな、リリアンヌは」

「では、素直に受け取りますわ」


 紅茶を飲みながら一息つくと、リリアンヌによる私の疑問の解消が進んだ。


「だからと言って、貴族社会を疎かにしているわけではないですからね。……レティシアが恋に悩み奮闘して頑張ってた時期、私も頑張らなくちゃって行動してたのよ」

「は、はい」

(な、なんか恥ずかしい……)


 リリアンヌ曰く、その時期は様々なパーティーに顔を出して、の姿の普及に務めたのだとか。


「悪評が広がるのもわかっていたし、キャサリンという人間を何となく理解してからはそれを利用されるのも感じてたの。だから慈善活動の実績を持って、貴族各所に本当の自分について売り込みに言ったわ」

「……なるほど、慈善活動はその為の布石になったのか」

「図らずして、ですよ。そこまで策略家ではありませんから」

「それでもさすがね」

(お姉様なら、それさえも考えていたと言っても納得しちゃうけどなぁ……) 


 各自リリアンヌに感心しながらも、彼女の話しに引き続き耳を傾けた。

 その時、扉がノックされる。ベアトリスが扉を開けに向かった。


「大分悪評は小さくなってきたと思うけど……まだまだ油断ならないわ」

「…………いや、大丈夫だと思うぞ」

「え?」


 ぐっと手に力を入れたその時、カルセインが言葉を挟んだ。


「ここ数日、婚約者がいないと思われてるリリアンヌを自分に紹介して欲しいと何人かに言われたからな。……少なくとも、以前より周囲の目は変わってきたんじゃないか」

「……そうですか。良かった」


 思わぬ情報に、声色が明るくなるリリアンヌ。


「あぁ、だから根詰めすぎないように────」

「カルセイン、紹介を頼んだ奴について詳しく教えてくれるかな?」


 カルセインの言葉に被せるように、面白くなさそうな声色の言葉が飛んできた。


 扉の方に視線を向けると、そこには綺麗な笑顔をしたフェルクス大公子が立っていた。

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