第106話 動き出す情勢
伝えていなかったことを思い出し、改めて報告をした。
現在公爵という立場が父であることから、書面の上のやり取りは一先ず止めている。誰も予想しない婚約になることからこそ、慎重に密かに動く手筈になっていた。
「…………いくらなんでも、エルノーチェ
カルセインが頭を抱えた末に出した意見に、ベアトリスが問題ないと答える。
「今のままだとね。でもリリアンヌが王妃になる、と考えれば問題ないんじゃないかしら?」
「……それは、そうですが」
「それよりもカルセイン。考えるべきは私達なのよ」
「何がですか?」
「婚約者よ」
「………………………ははは」
乾いた笑いを浮かべるカルセインと、困ったと少し表情を歪めるベアトリス。
長男長女の最近の恋愛事情は何も知らないけど、問題は多そうな様子。
「この話は今はいいのよ。問題は王子妃についてなんだから」
「あら。お姉様とお兄様の恋ばなが聞けると思いましたのに、残念」
「そんなものはない」
「……王子妃は確定されただけで、名前は出されてないんですよね」
火花を散らし始めようとした二人の間に入って、話題を戻していく。
「えぇ。もちろん誰だか検討はついているけど、そこを伏せることでお披露目会ができるから……それが目的でしょうね」
「盛大に自分と婚約者を披露して注目を集める。向こうの考えでは、キャサリンという人物を婚約者に置くのだから、王太子として不足なし、評価も上がるだろうという考えでしょうけど」
リリアンヌは一息開けて、綺麗な笑みを貼り付けた。
「それも以前までのお話。レティシアにやり返された今では、キャサリンの評価にはヒビが入っているのが現状よ」
「……王太子になりうる要素にはならない、ということですね」
「そうよ。もちろん、エルノーチェ公爵家という後ろ楯を獲得はできる。それが役に立つかはまた別のお話。その家内で分裂が起きてるんですもの」
その言葉に誰しが頷くと、ベアトリスがリリアンヌに問いかけた。
「披露会の正式な発表まで時間はかからないわ。何か手を考えているの?」
「もちろん。あちらがのろのろとしている間に先手を打たせていただきますわ。こちらが先に披露会を行います。発表は……もうじき出るかと」
「「「!!」」」
突然のイベントに驚く一同。
リリアンヌの嬉しそうな笑顔とは対照的に、私達は混乱をしていた。
その行動は、暴走とも捉えられるほど予想を超える選択だった。
ベアトリスは頭を抱えながら止めにかかる。
「ま、待ちなさいリリアンヌ。そんなにすぐに私は公爵になれないわよ」
「そんなお急ぎにならないで大丈夫ですわ。私しっかりと言質を取りましたから」
「言質って」
ニッコリと口角を上げる姿は、先程の綺麗な作り笑顔から一転して悪いことを考える姉そのものであった。
「先日、実はお父様に話をしに行ったんです」
「初耳よ」
「ふふふ。確定前ではありますが、恐らくキャサリンが王子妃に決まったと踏んで自分の婚約の話をしたんです。もちろん相手の名前を伏せて」
父のどこか浮かれた雰囲気と様子からそれを判断したのだとか。
「こういう話題はタイミングが大切でしょう。お父様に心の余裕ができ、尚且つ上機嫌な時を狙ったんです。そうしたら、もう好きにしろと快く了承をいただけましたわ」
淡々と語るが、とんでもないことが起きているのは間違いない。それを感じ取った二人も勢い良く尋ねた。
「一体何を言ったの、リリアンヌ」
「まさか脅したのか」
「脅すだなんて。ただ、私も良い歳になりましたので、結婚をしたいと言ったまでですわ。ただ、相手は自分で決めたいと添えて。……そしたら鼻で笑ってましたね。お前に相手ができるわけないが、好きなようにすると良いと。ふふ。相変わらず余計な一言が多いですけど、夢見心地を味わえるのは今だけですから。私の広い心で無視して差し上げましたわ」
頬に手を添えながら、微笑みつつも意思の強い眼差しで話しきる。あまりの内容に呑み込むのが遅れたが、理解はできた。
「なるほどね。まだ私達のことは悪評上の色眼鏡で見続けていると。懲りないわね、本当。ご自身で私達の本当の姿も見たでしょうに、理解できないだなんて浅はかにもほどがあるわ。そんな様だから、婚約決定がここまで伸びた理由もわからないのよ」
思わず苦言を呈したベアトリス。その勢いで話を続ける。
「本当に視野の狭いこと。エドモンド殿下の素質を見抜けなければ、キャサリンの本性にも気付けない。当主なんて任せておけるものですか」
「全くですね」
笑顔で同意するリリアンヌの横で、少しだけ気まずそうに話を聞くカルセインがいた。恐らく、少し前まで同じ立場だったため、強くは言えなように思う。
苦言を述べ終わったところで、リリアンヌが時計を見た。
「反撃の狼煙が上がったみたいですわ」
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