第96話 怒りの理由(リリアンヌ視点)
王位継承権問題は思っているより単純だった。第一王子の資質が無いに等しく、第二王子はそもそも王座に興味がない。親しい兄との対立を避けてかわからないが、真相は私も知らない。
結論、務まる人間がリカルドしかいないということ。
エドモンド殿下は優秀な雰囲気を持っているが、実際ふたを開けてみれば違うという厄介な存在だった。国を支える重要地位を覗いた貴族たちは、その表面しか見ず、王座はエドモンド殿下で問題ないと安直に考える者が多かった。
たとえ第一王子に国王としての素質があっても、リカルドの能力は越えられなかったと思う。それほどまでに、憎たらしいほどに彼の能力値は高い。
次期国王としての地盤を固めつつ、更なる能力向上の為にリカルドは数ヶ月前から国を留守にしていた。
短期留学という形で隣国に向かったは良いもの、着いて間もない内にリカルドと隣国王女の婚約話の噂が流れ始めた。
最初こそ貴族の作り話だろうと気にもしなかったが、段々と気にしざるを得なくなってきていた。
まずリカルドの連絡が途絶えたこと。嫌というほど送られてくる手紙はある日を境に一通も届かなくなった。
そして周囲の貴族達もエドモンド殿下の能力に疑念を持ち始めた。それを感じてしまえば、リカルドの必要性までたどり着く。王位継承権を依然として放棄しないリカルドの様子を汲み取れば、状況はいとも簡単に理解できるのだ。
こうして間違いなく味方は増えてきた。私がいらないとほどに。そして気付くのだ。自分よりも王女の方が、比べ物にならないほど強き後ろ楯になると。
そう思えば思考の切り替えは早かった。
元々口約束の婚約で、正式的に書類でやり取りした訳ではない関係。自分達を明確に繋ぎ表すものが無いことを改めて実感すると、酷く虚しくなってしまった。柄にもなく寂しさを感じ、自ら手紙を送るほどに。
その手紙にさえ、返信はこなかった。
虚しさが消えると心情はあきれたものへ変化する。
最初こそ何かあったのかと不安になった。その思いが消えたのは隣国で祝祭が行われた翌日。セシティスタにもその様子が一部新聞に掲載されていたが、写真にたまたま写ったリカルドは元気そうな面持ちだったのだ。
それでも尚、本来であれば信じて待つべきなのだろう。けれども手放しで喜べる確約された未来は私には無いに等しい。気持ちが落ち込んできた時、キャサリンの婚約者内定の報せとレティシアとの接触の機会が訪れた。
自分らしくない暗い気持ちを紛らわしたいという自分本意な想いも持ちながら、レティシアとの交流を深めた。予想外な生態に驚くものの、可愛らしさと興味深さから夢中になるのはあっという間だった。気付けば大切な存在となり、助けになりたいと考えるようになるのは必然だった。
レティシアと取り巻く問題に思考を費やすことでリカルドという存在を忘れていた。はずなのに。
キャサリン生誕祭の数日前、突如として連絡がきたのだ。内容は帰国を述べたものだけ。文通を途絶えさせた弁明も謝罪も何一つなかった。
これはさすがに激怒案件じゃないだろうか。
普段感情が高ぶることは滅多にないのに、その手紙を読み終えた瞬間くしゃりと手に力が入っていた。形容しがたい怒りはどこへもぶつけることができなかった。呆れと怒りが頂点に達したその時、到底返事を書く気など起きなかったのである。
◆◆◆
まだ改装することができていない悪趣味な部屋に入ると、癖でお茶を出そうと動いてしまう。
(……危ない、もてなす所だった)
怒りをぶつけてる最中の人間に対する行動でなかったと思い直す。
「…………リリーは相変わらずだね」
「はい?」
そんな考えも露知らず、能天気な言葉のように笑顔を投げ掛けたリカルドを見てイラつきが更に増す。背後に間隔を大して開けずに着いてくる辺り、反省の意思はどこにも見られない。
「聞かなかったことに致しますわ……私の用件は一つのみです。フェルクス大公子、お帰りくださいませ」
「話を聞いてくれるんじゃなかったのかい?」
「言葉のあやです」
「……そうか」
明らかに落ち込む声色で返答されるものの、気にしてはいけないと自分に言い聞かせる。
「……ごめん、ろくな連絡もできずに。巻き込む訳にはいかなかったから」
「………………」
「今日、代わりに持ってきたんだ。リリーに送りたかった手紙を全部。やっと渡せる」
「……どういう」
私が言いきるよりも先に、リカルドが大量の手紙を見せる方が早かった。
「これは」
「リリーの手紙、当然全部読んだよ。送れないとわかってたけど、それでも返事を書きたくて書き留めてたんだ。これじゃ文通なんて言えないけど」
見るからにしわがあるものや、色が落ちたものばかりだった。手紙の日付はしっかりと私が送って到着したであろう時期と一致する。
真剣な声色とこれまでない申し訳ない表情から、偽りのない言葉だと認識する。
「色々……あったんだけど、聞いてくれる?」
手紙を机に全て移動させる。その量は尋常ではなかった。少なくとも私が送った数の倍はあるんじゃないだろうか。
怒りが完全に消えた訳じゃない。けれど、本音を溢さずにはいられなかった。
「…………心配、したのよ」
「ごめん」
「…………リカルドの馬鹿」
手を引かれたが、少しの間彼の胸を叩き続けた。文句を言いながら。
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