第95話 幼き日の失敗(リリアンヌ視点)
これは私がエドモンド殿下を生理的に受け付けなくなって、王子妃にならないと決意した頃のお話。
それは幼少期から少し経ち、私が10歳くらいになった時。
あの日大好きで尊敬する姉を馬鹿にされたことはもちろんだが、こんなにも王族として王子として何の資質も持たない人間に驚いていた部分もあった。
その頃の私にはまだ悪評はついておらず、公爵令嬢という肩書きの強さだけでエドモンド殿下の婚約者候補に挙げられていた。本来ならお姉様の所を何故か私が選ばれたのは、お姉様はその時既に悪評が定着していたのがあったからだった。
逃れるには姉のようになるしかないという考えにたどり着いた時から、私の徹底的なお花畑の演技は幕を開けていた。
家の中でも外でも、決して気を抜いてはいけない。
それほどまでに、私がエドモンド殿下に抱く嫌悪感は大きかった。それと共に、もし仮に王子妃並びに未来の王妃になるとしても、この人とは絶対に無理だと直感的に感じたことも大きな理由の一つだった。
演技の結果が出るのにそう時間はかからなかった。父と兄を騙せたことにより、婚約者候補からは名前が消えることになったのだ。
お姉様に本性を見抜かれ、心配され、泣かせてしまったのは同時期の出来事だった。
申し訳なさと苦しさを抱えながらも、一歩も譲れなかった私は姉の前だけでは偽りなく振る舞うことを約束した。気の緩みは心配だったが、それ以外ではお花畑の演技を続行していた。
といっても、エドモンド殿下の婚約者に他の誰かが内定するまでの辛抱だと思っていた。そしてそれは自分が候補から外れたことで、すぐに決まるものだと思っていたのだ。
しかし不運にもその考えは外れ、想像以上に長期間演技をすることを余儀なくされた。
特段苦痛に感じることはなかった。私のなかで婚約者になること以上の、最悪な結末が存在しなかったからかもしれない。
そんな自分も完璧超人ではないため、ボロが出てしまうことがあった。
その月はパーティー続きでさすがの私でも疲労を感じるほどのスケジュールだった。それに慣れている周囲の貴族や母と姉に比べて、特段経験の数が少なかったわけではない。更に演技をするという追加要素が、疲労の大きな原因となっていたようだった。
月の終わりのパーティーで、警戒対象のエドモンド殿下が王城へ戻る姿を見届けると、緊張は解けてしまった。母と姉に付き合ってパーティー会場に残ってはいたものの、他家の令嬢たちと関わる気力はなく、一人静かに庭園へ抜け出したのだ。
「…………疲れた。よく頑張ったわ、私」
お花畑のぶりっ子モードから完全に武装解除をして、素のリリアンヌに戻っていた。すっかり気は抜けており、それに無自覚だった。そして悲劇は起こる。
あろうことか、その現場を見られたわけである。
「初めましてリリアンヌ嬢」
「!!」
気づいた時には隣に何食わぬ顔で座る少年がいた。あまりの衝撃に固まってしまったが、我に返ると急ぎ頭を回転させた。素知らぬ顔で演技を始めることもできた。だが、その少年の髪を見てすぐさま諦めた。彼は王族特有の青色が含まれていたのだ。そこから誰だか把握するに時間はかからなかった。
リカルド・フェルクス。彼は大公子だが滅多に社交界には顔を出さないことで有名だったが、それ以上に神童として一時期騒がれていたことを耳にしたことがあった。何よりそんな存在が同い年であることが最も衝撃的で、はっきりと記憶した覚えがあった。そんな相手に今更取り繕っても無駄だと感じたのだ。その結果、私は無難に過ごすことを決めた。
「…………ごきげんよう。フェルクス大公子様」
「嬉しい。僕のことがわかるんだね」
「もちろんですわ。大公子ともあろう御方、知らないはずがございませんもの」
少し高めの甘ったるい声を作って大げさに答えた。嫌がられて興味を完全に失せてくれればいい、そう願いながら。
「そっか。…………よく初対面なのにわかったね?」
「……大公子様は有名ではありませんか!」
「あはは、ありがとう。でも僕は社交界にまだ顔を出したことがないんだよね。それなのに理解できたってことは…………きっと髪色から推測してくれたんじゃないかな。この目立たない薄い青色から」
その一言から、自身がやらかしてしまったことに気が付いた。
「やっぱり君はお花畑なんかじゃないね」
「そんなことは」
「ふふ。安心してリリアンヌ嬢。別に僕は誰かに告げ口なんてしないから」
「…………大公子様。何を仰っているか理解できませんわ」
この人の前で演じても無駄だ。そう理解してから切り替えるのはすぐのことだった。こうなってしまった以上、相手の意図と目的を聞き出して交渉しておく必要がある。即座にそう判断した私は真剣な眼差しで大公子に反応した。
「…………うん。僕はそっちの君が好きだよ」
「…………どういう意味ですか」
「そのままの意味」
大公子の言葉を何一つ理解できないまま眉間にしわを寄せていると、突如手を取られる。
「リリアンヌ嬢。僕の味方になってくれない?」
その一言は更に理解できなかった。今でも正直明確に理解はしていない。ただ、その言葉と取引を上手くこなせなかったせいで、私は今も彼の隣にいなくてはならなくなった。
唯一間違いなく言えるのは、私はこの時点で彼の罠にはまり、見事に抜け出せなくなった。上には上がいる。その言葉を実感し学ぶことになるとは思いもしなかった。
人生において想定外だったのは、後にも先にもこれだけだろう。
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