第94話 王位継承権問題
終始和やかとは言えない雰囲気で去った二人。足音が遠くなることを確認すると、私よりも早くカルセインがベアトリスに尋ねた。
「姉様。説明は可能ですか」
「えぇ。本当はリリアンヌの口から話すことが最善と思っていたのだけど……そんな悠長なこと言ってられないわね」
私は再び席へ座ると話が進むのを静かに待った。
「フェルクス大公子は、見ての通りリリアンヌの婚約者よ。正式ではないけれどね」
「…………姉様、それは本気で仰ってますか」
「こんな状況で嘘なんてつかないわ」
「…………」
その返答に黙り込むカルセイン。私も頭で急ぎ処理を始める。
様子から察するに、その状況は見てとれた。ただ、その一言には必然的に様々な情報が追加がされてしまう為、手放しに喜べる話題ではなかった。
「二人に事前に伝えておくわ。私は当然、キャサリンではなくリリアンヌにつくわ」
「それは……第一王子ではなく大公子に味方するという意味で間違いありませんね」
「……えぇ」
そう。現在王位継承権は、一位がキャサリンの件でお馴染みの第一王子エドモンド殿下。第二王子は早々に継承権を放棄しているため、継承権二位はフェルクス大公子になるのだ。
そしてその大公子の婚約者にリリアンヌがなる場合、我が家エルノーチェ家の立場が変わってくる。
「とは言え二人の馴れ初めは知らないの。私がリリアンヌに頼まれたのは自分の方にについてくれること。当然キャサリンに力を貸す筋合いなんてないから頷いたわ」
「……エドモンド殿下には国王としての資質はないのですか」
「いや……優秀な方だ。特段悪い部分もないと記憶しているが」
私の疑問に答えたカルセインは、そのまま自身の疑問もベアトリスへ投げた。
「フェルクス大公子が野心家には到底見えません。周囲貴族と外堀を埋めるような動きも感じませんでしたから。……王位継承権を放棄されないのは一体」
「優秀なだけでは……国王は務まらないわ。そうね、一言で言えばエドモンド殿下は貴方に似てるわ、カルセイン」
「………………なるほど」
「レティシア、納得することなのか」
「大いに納得できますよ。お兄様も納得できましたでしょう?」
「……くっ」
ベアトリスの話によれば、エドモンド殿下も思い込みがそこそこ強い方なのだとか。といっても周囲に耳をきちんと傾けるし、国の利益を考えれない訳ではない。更なる大きな欠点として挙げられたのはエドモンド殿下が傀儡になりやすい性格の持ち主ということだった。
「エドモンド殿下はご自身で考えてらっしゃるつもりでしょうけど、実際それは他者からの受け売りということはない?」
「関わりの薄い俺からは何とも……」
「これはフェルクス大公子側の視点だからわかる話なのかもしれないわ。エドモンド殿下に対して危惧すべきは、その自覚がないということ」
「甘やかされて育った産物ですか」
「おぉ、言うなレティシア……だがその通りだと思う。王妃様は大層大切に育てられた話は有名だからな」
「その王妃様も問題の一つなのよね」
思っていた以上にエドモンド殿下の抱える問題は多く、カルセインにも思い当たる節があるようですぐさま頷いていた。
「最近、殿下の母君……王妃様のご実家が不審な動きをしていることを耳にしたことがあります」
「そう。それに加えて王妃様自身の評判も表向きでは良いものの、実際評価できるものではないわ」
「そうなのですか?」
「えぇ」
「そうね……王妃様は、母に似てる人よ」
「それは同意です」
「なるほど、理解しました」
ベアトリス曰く、現王妃はその座を掴むまでに母を敵視していた人物という話は有名らしい。同族嫌悪と言えるほど性格は通じるものが多かったようで、決して淑女の鑑や国母と言えるほどの品格者ではないことは明らかのようだ。
「この二点に加えて。更に重要な問題がついてくる。さぁレティシア。何だと思う?」
「今後の話ですよね……ふむ」
真っ先に思い浮かんだリリアンヌの姿から、迷うことなく推測する。
「キャサリンお姉様ですね」
「正解、その通りよ」
「キャサリンお姉様が婚約者に内定した場合、エドモンド殿下は更に問題を抱えることになるという見解ですね」
「えぇ。何もキャサリンにされたことを恨んで言っている訳ではないわ。真面目な話、キャサリンに王妃としての教養と資質が何一つ備わってないというのが現実よ」
キャサリンという人物がしてきたことは、自身の評価を上げるために印象値を稼いだ行動のみだ。貴族令嬢としての一般教養は身に付いているものの、王妃教育を受けた経験はないのだ。
「ということは……リリアンヌにはその素質があると」
「えぇ。国内で最もその資質があると私は踏んでいるわ」
「納得できます」
「…………なるほど」
先ほどまでのやり取りが感触として残っているのか、どこか認めにくいという心情をカルセインから感じ取る。
「そういう状況だから……私はエルノーチェ公爵にならなくてはいけないの」
「!」
「…………お姉様」
薄々感じ取っていた姉の決意の着地点が、ようやくはっきりと表された気がした。
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