第87話 責任の所在(ベアトリス視点)
幼かった、子どもの頃の話。それはあくまでも過去の話で現在も同じだとは限らない。けれど消え失せることはなく、その人を作り上げる要素として残り続ける。
子どもの頃のままの訳がない、人は良くも悪くも成長するものだから。そういう意見も当然ある。
けれど駄目で悪いところが昔から変わらないならば、根底にある本質はそこまで変化したり消えてしまうことはないと考えた。
それが、私がカルセインを見捨てなかった理由の一つ。
当然この想いを知らないカルセインは、まだ自己嫌悪を消さないでいる。
「…………思いやりも優しさも、俺には縁遠い話です」
念を押すように、今度は強く言いきった。簡単に出た言葉でないことはわかっていたが、それを理解した上で答えを返す。
「念を押したとこ悪いけど、理由ならあるわよ。それも二つね」
「……なにを」
「まず、一つ目。これは貴方への謝罪を含める事情の話になるわ。……自分の物差しで私とリリアンヌをはかって決めつけたと言ったわね?」
「そうですよ、ですから…………謝罪?」
謝罪という、カルセインからしたら理解不能の言葉が突然現れた。その現実に理解が追い付かず、思考が停止してしまう。
「えぇ。貴方の物差しを私達が勝手に作ったとしたら。カルセイン、貴方に非はなくなるんじゃないかしら」
「………………何を、言ってるんですか」
予想だにしなかった内容に、声を出すのが精一杯の様子が見て取れる。ギリギリかすれないかぐらいの声を絞り出す。動揺がわかりやすいほど伝わるが、止めることなく話を続けた。
「言葉の通りよ。……カルセイン、少し長くなるのだけど」
「ここからは私が話しますよお姉様。レティシアの時もそうですけど、あまりご自分で話す内容ではないでしょう」
「リリアンヌ、でも」
「大丈夫ですよ。謝罪すべきは私も同じ……というよりも、私の方がたちの悪いことをしていると思うので」
「……………………………………そうね」
「ふふ」
そうバトンタッチをすると、リリアンヌは今までの行動の理由を述べた。淡々としているようで、しっかりとカルセインへの配慮を感じられる速度の話し方だった。
私が傲慢に振る舞うに至った経緯と母亡き今、新たな敵となったキャサリンの存在。そしてリリアンヌの本音と演技について。あげ出したらキリがないほど、内容は濃いものだった。
カルセインはひたすら黙って耳を傾けていたが、反応は顔色と表情から簡単に読み取れた。その様子を横に私は、どこか申し訳なさや、でもどうすることもできなかったもどかしさ等の感情が入り交じっていた。
「……という訳ですわ、カルセインお兄様」
一気に入り込んだ膨大な量の内容の処理に、想像以上の労力を要している。場は静寂に包まれた。カルセインが整理する時間として、私もリリアンヌも必要な静寂と認識したのだ。
長い静寂の末、カルセインが再び口を開いた。
「…………………………到底、おかしく普通ではない話だと思う」
「……理解が追い付かないとは思いますが、少なくとも私がお兄様を騙していたことはおわかりでしょう。それに関しての謝罪を私はすべきだと思っています」
「……故の相殺、なのか。リリアンヌ」
「……!」
「腑には……落ちてるんだ。普通ではあり得ない話だが、思えばエルノーチェ
カルセインの言葉に驚いたのはリリアンヌだけではなく、私もだった。理解すら難しいこの実情を、まさか汲み取り意図まで察することは想像もしてなかった。謝罪と先に述べていたものの、そこまで思考がまとまっていたことに衝撃を受ける。
「相殺…………それでも非は俺にあると思う。演じなくてはいけない状況を作り出したのは俺の方だろう。キャサリン側につき、キャサリンを助長させたのだから」
「……よくおわかりなんですね」
「リ、リリアンヌ!」
「あらお姉様。お兄様が説明をした上で自らご自身に非があるというのなら、それを受け取るのも大切ではないでしょうか。それに…………私は妹ですし」
「そうだな」
「カルセインまで……」
リリアンヌのどこか失礼な態度に何一つ言い返さない様子を見て、どこか呆れるようなでも嬉しいような気持ちになる。
「姉様。……騙していたと主張するリリアンヌとは違って、姉様には圧倒的に俺に非があります」
「そうかしら……私も騙していたようなものよ」
「いえ。問題は意図的か否かでしょう。話を聞いた今では前者はリリアンヌで、後者は姉様だと感じましたが。違いましたか」
「何も。正解ですよ、お兄様」
「リリアンヌっ」
私の回答よりも先に反射的に答えるリリアンヌ。
「……止めなさい、謝罪なんて。貴方の理論でいうなら。貴方が見限るような状況を……カルセイン、貴方の手を離したのは私の方だったのだから」
「……それは」
「思い当たる節があるでしょう」
「…………」
「貴方が覚えていなくても、この日記には記されているわ」
「……どうして、それがここ」
「絶対に、忘れてはいけないと思ったの。……これが、貴方が優しく思いやりがある、そう思ったもう一つの理由よ」
そう言いながら、横に用意した本と変わらない大きさの日記を手に取った。随分昔の日記は、表紙が少し傷んでいた。
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