第86話 不器用なお説教(ベアトリス視点)


 レティシアに部屋へ戻るよう告げ、後ろ姿を見送った。完全に姿が見えなくなるまで、三者誰も口を開かなかった。


 沈黙が流れる、というよりも発言すべきは自分だとわかっているから口を開いた。


「リリアンヌ、移動をしましょう…………カルセイン、貴方もついてらしっしゃい」

「はい、お姉様」

「…………はい」


 長く経ってしまった私達の空白の期間。それが戸惑いとなり、接し方に困惑する。名前一つ呼ぶのにどこか緊張してしまう。それは相手も同じで、お互いに気まずい空気を感じ取っている。リリアンヌはそれを察しても静観を選択した。


(気を遣ってるんでしょうけど……リリアンヌ、喋ってもいいのよ。というか話して、お願いだから)


 気まずくて胸が段々キュッと締め付けてくる。改めて考えれば、その相手は弟というおかしな話に更に困惑する。そのまま自室へと到着すると、何も考えず部屋へ入った。


「…………」


 私、リリアンヌの順に部屋へ入るもカルセインは足を止めたままだった。閉まらないように扉には手を軽く添えるものの、直立不動でそこにいた。


「……何をしているの、カルセイン」

「いえ……その」


 久しぶりに素の自分で接していることで、動揺と困惑でいっぱいになっている今。余り多くのことを考えられずにいた。


「……夜遅くに女性ひとの部屋に入るのは」

「あら」


 その台詞で、それまで黙っていたリリアンヌがどこか不思議そうにでも面白そうに反応をした。それを横に呟いた。

 

「昔は深夜でも好き勝手出入りしていた癖に……」


 相手の台詞を深読みしない上で漏れた言葉だった。突然流れた変な空気、というよりも珍しいものを見るリリアンヌの視線を察すると咳払いをした。


「と、とにかく。カルセイン、貴方の常識的な意見もわかるわ。でも私は会話をするつもりなの。そんな遠いところに立ってるだなんて、私にこの声量で話続けろというつもり?」

「…………ふふ」

「……………………失礼します」

「どうぞ、好きなところにお座りなさい」

「はい……」

「リリアンヌもよ」

「えぇ、お姉様……ふふ」


 カルセインが部屋に入ったことは良しとするが、隣でどこか楽しそうな笑みを隠しきらないでいるリリアンヌに文句を言いたい気持ちが芽生えてしまう。しかし、本題とはまるで関係のないことなのでぐっとこらえる。


 二人が座る中、私は机の引き出しからある冊子や紙を取り出した。それを自分の横に置きながら、カルセインの向かい側に座る。リリアンヌは中立のような場所の、横に着席した。


「……」


 座ってからもカルセインが特段話すことはなく、下を向いたままであった。


「……カルセイン」

「……はい」

「まともに話すのは久し振りね」

「……そう、ですね」

「その、……元気だったかしら?」

「……体調は良好です」

「そう」


 とても姉弟とは思えない会話。けど、他にどんな内容から話し始めていいのかわからない。


「……今日は何も苦言を呈さないのね」

「……何も言う権利などありません、姉様。今更……本当に遅すぎましたが、自身がどれ程愚かなことをしたかは理解してます」


 想像以上に落ち込むカルセインに、それは違うとも言えなかった。あたふたした結果、事実だけをぶつけてしまう。


「そ、そうでしょうね! あんなに可愛い妹を、レティシアを傷つけて。キャサリンの話ばかり聞いてレティシアの話を一度も聞かなかったでしょう、このお馬鹿。普通に考えて不公平なことなのよ」

「レティシア…………」

 

 溜まっていた感情が溢れだす。カルセインのどこか戸惑う反応を感じ取らずに、言葉を続ける。


「兄たる者、どちらかの肩を持つだなんて言語道断よ。それ以前に、問題解決をしようと仲裁や中立に入るなら、双方の意見を聞くことは必須事項。それを怠ったのよ貴方は」

「…………はい」


 暗い雰囲気は変わらないものの、段々と視線をこちらへ向けてくるようになった。と言っても目が合う度に申し訳なさそうに目線を外している。


「全く。思い込みが激しいのも都合良く解釈するのも、はっきりいって良くないことだわ。そんな意味のない所、似なくていいのよ。厄介なのはお父様で充分よ」

「…………」

「変な所が似て目立ってるせいで、本当は思いやりがあって優しいのに、その一面がまるで浮き上がらないじゃない。いい? いくら良い所があっても、悪い所が目立ちすぎると長所は消えてしまうのよ。そんなの勿体ないでしょう」

「…………」


 カルセインが黙り込むようになってしまった。少し説教じみた言葉を連ねてしまったことに後悔を感じ始める。どうすべきか悩み始めたそのとき、カルセインがようやく口を開いた。


「……姉様、何故そのようなことが言いきれるのですか」

「何故って」

「俺が優しいとか、思いやりがあるとか。……どこにそれを感じる要素があるのですか。貴女達を勝手な物差しで決めつけた人間なのに」


 自己嫌悪が溢れだしたカルセイン。だが、その言葉には同情も侮蔑も浮かばなかった。あるのは一つ。小さな、ほんの小さなあきれだった。

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