第85話 動き出す関係(リリアンヌ視点)
「リリアンヌ、貴女はカルセインのことをどう思ってるの?」
生誕祭の準備期間のとある日、姉は突然予想もしなかった疑問を投げかけた。
「…………そうですね」
兄であるカルセインをどう思ってるか、思えば深く考えたことは無かった。姉とレティシア、そして自分とはお世辞にも良い関係とは言えないのが現状だ。
「正直、あまり良い感情を抱いてはいません。お兄様は、私視点ではどうしても悪い所ばかり目立っていますから。私の顔さえ覚えてない、そんな人ですよ?好きになる理由はないですよね。……何よりお姉様と私の悪評を広めるのに加担してる方でもありますからね」
笑顔でそう言い切るが、その笑顔は本心では無かった。視線を改めて姉に合わせると、表現しにくい感情になりながら続けた。
「……ですが、そう仕向けたのは私自身です。それを考えれば、お兄様は悪くないんですよね」
「………」
「嫌われるように、あわよくば悪評が広まるように立ち回ったのは私です。…………お兄様を自身の私欲のために利用した点では、私もキャサリンと何も変わらないでしょう」
「……そう」
もちろん、だからといってお兄様が何も悪くないのかということにはならない。だが、一つ言えることがあるとしたら。
「お姉様とレティシアはともかく。私に関しては、お兄様は罪悪感を持つ必要は何一つないと思います。……下手したら謝るのは私かもしれませんね。騙し利用していたのですから」
「……」
「ですけどお姉様。それと好き嫌いはまた別の問題ですよ?」
「それは…………そうね、当然よ」
疑問を投げかけたその時から、姉はどこか暗い表情をしていた。何かを少し思い詰めた、そんな表情を。
全てを察することはできずとも、言いたいことを推測することはできる。
どこまでいっても、この人は長女なのだと。
「好ましくはありませんが、言ってしまえばそれはお互い様です。そして私は何も被害を受けておりません」
「…………」
「ですから、お姉様が望むのであれば。お兄様を見捨てなくても良いのではないでしょうか」
「リリアンヌ……」
「……当たっていましたか」
引っ掛かることが沢山あって、それ故に放置することはできなくて。でも手を差しのべる事が、見捨てないことが正しいのかわからない。果たして自分達はどんな関係なのか考えた時、真っ先に浮かぶのは形だけでも家族という肩書き。そのせいもあるのか、どこか嫌いになることができない。
それが兄妹だからなのかもしれない。
私達四姉妹で、最もカルセインという人と家族と言えるのはキャサリンではなく、長女ベアトリスなのではと度々思うことがあった。
兄が冷たい視線を向ける時、どこか悲しく苦しい表情になっているのを見たことがある。それも一度ではない。
私が生まれる前と生まれてから物心着くまでの期間。憶測にすぎないが、ここには私の知らない二人の時間がある気がする。
もどかしい姿を、微かにずっと感じていたから。そう思いながら、改めて強く姉に視線を向ける。
「…………カルセインは、私にとってはいつまで経っても弟…………馬鹿で愚かでも可愛い弟なのかもしれないわ。キャサリンとは正に関係値がゼロに等しいから、あまり情は抱かないのだけれど」
どこか弱々しく告げる姿は、普段の姉からは珍しいものだった。その様子を静かに、真剣に見つめる。
「私がまだ普通だった頃はね、あの子に勉強を教えたこともあったわ。寝込むあの子を看病したこともあるの。……昔は、お姉様と言って後ろを着いてきてくれた」
「それは……」
「えぇ、私が変わるまでの話よ。……傲慢な自分になってからカルセインが離れるのはあっという間だった」
「…………」
予測していたことだけれど、やはり現実から考えると想像がつかない。
「私を段々と毛嫌いするようになり、恥とさえ思うようになったのも当然の反応よ。……その点は、私もリリアンヌと同じ。カルセインを騙していたのは貴女だけじゃない。……私も、たくさん謝らなくてはいけないわ」
「お姉様が謝る必要なんて」
私の声を遮ると、力強く首を横にふった。
「父親似の思い込みの激しい曲がった人間になったことは私に非があるわ。……あの子を育てられたのは私しかいなかったのに、手を離してしまった。当時はそうするしか無かったと思っていたけど、今ならわかる。間違いだったと」
「お姉様……」
「後悔しても仕方ないのだけれどね」
「……」
少しの重い沈黙が流れる。悲しそうに目を伏せた姉は、強く目を閉じた。そしてこちらを真っ直ぐ見つめて言葉を紡ぐ。
「…………次は後悔しないわ。リリアンヌ、頼めるかしら?」
「…………断る理由がありませんわ、お姉様」
姉の強い想いを、自分のことのように胸へと刻む。決して忘れることの無いように。
◆◆◆
「……ということで、何を言うかはお任せ致します。こちらの意図が伝わるようにさえしてくれれば」
「…………」
突然の申し出にすぐ答えが出ない兄の様子を観察しながら、一息置いて言葉を続けた。
「それと、お姉様からの伝言です」
「…………姉様の」
「カルセイン、貴方の日記は今でも大切に持っています。貴方が幼い頃の、あの日の約束を覚えているのならば。再び会いましょう。────今度こそ、自慢の姉になるから」
兄はこれ以上無いほどに目を見開き、言葉を失った。しばらく経つと、少しずつ肩が震え始めた。
そこから引き受けるという言葉を聞くまでに、時間はかからなかった。
姉の伝言の言葉にどれ程の効力があるのかわからなかった。だが、今結果を目の当たりにして確信した。
ベアトリスとカルセインには、二人の時間があったのだと。
止まっていた
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