第84話 ある男の回想2
本気で別人だと思った。
俺の知っているリリアンヌの要素が、何一つ目の前の令嬢にはなかったから。だがそれは現状を叩き付けるに充分な材料だった。
本人の口から告げられた希薄な関係という言葉が、いつも以上に胸にじわりじわりと侵食していく。苦しいのか、辛いのか、よくわからない色の感情が広がっていった。
再び浮き上がる。
俺はリリアンヌとレティシアの何を知っている?
その疑問は動揺を生んだだけで、自身の抑制には何もならなかった。
リリアンヌの言ってることは何も間違っていない。全て的を射ていた。それなのに俺は、後に引けず自分の意見を押し付けた。それもリリアンヌではなくレティシアへと逃げ先で。
癇癪と散財続きで家に迷惑をかけていると信じて疑わなかった。
だが、レティシアから受ける言葉と姿は癇癪というものから到底離れているように感じてしまう。建国祭の件で呼び出したあの日の違和感が、強くなっていく。
俺の知っていた話が、まるで嘘のように崩れそうになる音を感じた。その最中でも、あがくようにキャサリンの話を出せば、素早く否定をされた。その瞬間、ギリギリの所で保たれていた何かが虚しく崩れた気がした。
思考が上手くまとまらず、疑問ばかりが頭のなかを回る。その根幹はやはりただ一つ。
どうして、自分の知る姉妹と実物の姉妹があれ程異なるのか。
紐解いていけば辿り着ける筈の疑問は、答えに近づく度に目を背けてしまった。その答えを、事実として受け止められるほど余裕がなかった。結局また逃げてしまった、そんな心中のままキャサリンの生誕祭を迎えてしまった。
どっち付かずのはっきりとしない思考を持ちながら、いつものようにキャサリンとレティシアの話に入る。出た台詞は変わらずレティシアを制するもの。
キャサリンの悲壮感から、レティシアが何かをしたのだという決めつけが生まれ始める。いつもと違うのは、そこに疑問が生まれるということ。揺れる自分に追い討ちをかけるかのように、レティシアは確認を始めた。
確認が終わると、パズルのピースがはまるように思考が自動的にまとまった。それと同時に逃げていた現実を目の当たりにすることになった。
明らかになったのはたった一つの出来事。だが、それだけで全ての事実が芋づる式に明確になっていく。
その場が一旦解散のような形になると、俺は半ば放心状態でテラスへと向かった。
自分がおかした大きすぎる過ちを前に、胸は痛くなる一方だった。苦しさと痛みが増していく最中、その声は聞こえた。
「真実には辿り着けましたか、お兄様」
振り返れば、そこにはリリアンヌが立っていた。
「……リリアンヌ」
「あら、今日は間違えないんですね」
優雅な笑みを浮かべながら痛いところをついてくる。その様子を目の当たりにして、改めて実感する。自分は何も知らないのだと。
リリアンヌを目にして出る言葉は一つだった。
「その様子だと、事実を理解されたようですね」
「俺は…………自分が愚かだと気付くのがあまりにも遅かったみたいだ」
「……えぇ、とても」
「…………」
変わらない笑みのリリアンヌから、より一層現実を突き付けられる。
「ご自身の見識の狭さを悔いるべきです」
「…………そう、だな」
「無意識な正義感ほど面倒なものはありません。どうかご自覚ください」
「……あぁ」
的を得た意見が、鋭く胸を刺す。そんな中、躊躇いなくリリアンヌは最大の疑問の答えを告げた。
「……信じる相手を間違えましたね、お兄様」
「…………………………やはり、そうなんだな」
全ての始まりであり、根幹にあった存在。それは間違いなくレティシアではなく、キャサリンであった。
俺は三人を何も知らないんじゃなく、キャサリンさえも知らなかったんだという事実に辿り着いた。あまりにも遅すぎるほどに。
「お気づきでしたか」
「……先程の出来事で確信を持ったんだ」
「なるほど」
リリアンヌは納得をすると、少し考えるかのように口を閉じた。流れる沈黙の中、処理しきれない気持ちと一人向き合っていた。
「お兄様。ご自身の過ちに向き合うことは大切ですが、今は私の話に耳を傾けていただければ幸いですわ」
「……何かあるのか」
「はい。私の提案を受ける気はございますか?」
そう尋ねたリリアンヌの笑みは、先程までの優雅さは消え失せ、どこかほの暗く怪しげな雰囲気を醸し出すのだった。
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