第77話 二つの使命(ベアトリス視点)
レティシアを見送ると、ある人物に会う為に会場の中心から離れた。来客者である彼がキャサリンへの挨拶を済ませて人気のない場所へ向かうのを目線で追うと共に、私は直ぐ様動き出した。
注目を集めたにも関わらず、ホールから誰にも気づかれずに壁際へ行けるのは至難の業だ。それをこなす辺り、気配の扱いが相当上手いのだろう。
(今しかないわ)
緊張する胸を何とか静めると、対象人物に近付いた。
「失礼いたします。お話ししたいことがございますので、一瞬お時間よろしいでしょうか。大公殿下」
「!……もちろんです」
容貌から察したのか、私がレイティアの姉だいうことは直ぐに理解できた様子だった。壁際から誰もいないテラスへ向かうと、急ぎ本題に入った。
「本日は足を運んでいただきありがとうございます。お初にお目にかかります。レティシアの姉の一人、長女のベアトリス・エルノーチェです。帝国の大公殿下にご挨拶申し上げます」
「ご丁寧にありがとうございます、レイノルト・リーンベルクです」
「色々と話したいことがあるのですが、時間が限られておりますので必要最低限のことを手短に述べることをご容赦ください」
「もちろんです」
久しぶりに第三者に、れっきとした貴族の令嬢の姿で接する。傲慢かつ身勝手な振る舞いを剥ぎ取った、真実の姿。だというのに、一抹の不安が浮かび上がる。それでも私は自分の使命を全うし始めた。
「まず最初に、今日に関する重要な話を。この後キャサリンはいつも通りレティシアに接触すると思います。その際、今回はレティシアも戦いますが、打ち負かすことは不可能でしょう。それどころか最悪の場合、追い詰められることも考えられます。今回のパーティーはキャサリン《相手》に有利な場所ですから。そこでレティシアが危機に晒された時、どうか大公殿下には何もしないで欲しいのです」
決戦とはいえ、今回は初戦。あくまでもレティシアの変化した姿を見せつけて宣戦布告することが目的だ。もちろん、勝てることなら勝ちたいが、キャサリンという敵はそう簡単に壊せるものではない。
「……助けに入るな、ということでしょうか」
「はい」
予想通り、大公殿下から納得する表情は見られない。それを承知の上で更なる無礼を告げる
「これはあくまでも提案にございます。大公殿下、どうかレティシアの切り札になっていただけませんか」
「切り札……?」
「はい。最終戦に備えて、存在と関係を徹底的にを隠しておきたいのです」
「……そうしなければいけない、何か別の理由があるみたいですね」
「お察しいただき幸いです」
少し浮かび上がっていた不満の雰囲気は、一瞬で消え去った。
「私には、二つの使命があると思っています。この二つを実現させるためには、大公殿下のお力が必要不可欠なのです」
馬鹿馬鹿しい話と捉えられてもおかしくはないが、大公殿下は一切目線をそらさずに話を聞き続けてくれた。
「一つは妹二人を……場合によってはそこに弟も含まれるかもしれません。彼女達の幸せに尽力することを、成し遂げたいと考えております」
カルセインが今までしてきた行いは消え去るわけではないものの、彼が曲がった育ち方をしてしまったのには同情してしまうものがある。
(どんなに酷い姿を見ても……幼い頃のカルセインを忘れられない。結局私は自分に精一杯で、カルセインをまともな大人にすることは叶わなかった)
自分の弱さと後悔を痛感しながらも、使命に向き合っていく。
「妹二人の幸せのためにも、大公殿下のお力が必要なのです」
「……受け入れていただけているようで安心しているのですが、実のところレティシアとはまだ」
「存じ上げております。あの娘は恋愛に関してはかなりの鈍感ですから、関係を構築するのは一筋縄ではいかないと思います。けれど、関係の浅い姉から見ても、大公殿下の話をするレティシアは幸せそうなのです。……どうか、よろしくお願いいたします」
「ありがとうございます。………期待を裏切ることは決してしないと、ここに誓います」
作り上げられた雰囲気と表情が、ほんの少し剥がれた気がした。
レティシアの幸せを勝手に決めているつもりはないが、現状最もレティシアを幸せにできる人は目の前の人で間違いないと断言できる。これは、リリアンヌと話し合った結果でもある。
(リリアンヌ《あの娘》の情報網を使いこなして、
少し穏やかな雰囲気となった大公殿下は、それを保ったまま真剣な瞳で問いかけた。
「それで……もう一つとは一体」
その瞳に向き合うと、私はそれ以上に真剣な眼差しで答えた。
「エルノーチェ家の、当主になることです」
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