第72話 小さな策略


 階段を下りてフロアに到着すると同時に、再び会場内が騒がしくなった。私達は主役の登場に備えて、中央階段に近い場所での待機をするために移動した。その際、聞こえてくる会話は全てエルノーチェ家姉妹に関することであった。


「あれって……ベアトリス様、よね?」

「いつもと全く雰囲気が違うけど……髪色がベアトリス様よ」

「ど、どうされたのかしら」

「わからないけど……凄くお綺麗ね」

「えぇ……素敵」


 見違えたベアトリスの姿に対しての称賛。


「レティシア様って、あんなに目立つ方だったかしら?」

「いつもと違って、何だか目で追ってしまうわ」

「えぇ……華やかね」


 私に対する意外だという言葉。


 この二つに比べて圧倒的な反応を見せたのは、リリアンヌであった。


「ねぇ、それよりも。あの後ろの方どなたかしら。とってもお美しいわ」

「品もあって、立ち振舞いも優雅で……あんな方エルノーチェ家にいらしたかしら?」

「も、もしかして隠し子?」

「あり得るわね……」


 令嬢方からの反応はもちろん、男性方からの注目も一番集めていた。


「まぁ、一番意外性があるわよね」

「さすがです、リリアンヌお姉様」

「ふふっ」


 こちらを気にする父と兄に会釈だけすると、中央階段から二人のいる反対側にそれた。飲み物を片手に持つと、壁際によるように立った。


「反応としてはまずまずよ、レティシア。キャサリン《あの娘》が出てきたら一人で戦うことになるけど、その表情なら大丈夫そうね」

「それにしても相変わらず豪華ね。まだ王子妃候補であって、王子妃ではないのに……」

「本人の中では確定事項なんでしょうね。更に言えば、今日という日に確定させるつもりなんじゃないかしら」

「確かに……」


 ベアトリスの意見に頷く横で、リリアンヌは真剣な面持ちを僅かに見せた。


「キャサリンにとっても、今日は重要な日でしょうね。」

「えぇ。でもそれはレティシアも同じでしょう?」

「……はい」


 リリアンヌの笑みに決意の眼差しで答える。それが合図かのように、扉が開かれた。


「……噂をすれば、お出ましね」

「あら、豪華ですこと」

「…………」


 扇子を握る手に自然と力が入る。見上げれば、そこには普段以上に着飾ったキャサリンの姿があった。会場内の視線を集めると、にこやかに階段を下りてくる。


 だが、その姿に違和感を覚えた。


(……気のせい?キャサリンお姉様のドレスに品の良さをまるで感じないのは)


 いつも演技をして極端に着飾る姉達の横に立っていたキャサリンは、姉妹の中で最も目立っていた。それは勿論第三者から見れば良い意味で、一人だけエルノーチェ家の公爵令嬢として華々しく輝きを放っていたのだ。


 だが、今日はどうだろう。


 いつも以上に着飾っている筈なのに、何故かそこまでの輝きを感じない。それを会場内も感じているからか、どこか盛り上がりに欠ける反応だった。


「……出る順番を間違えたかしら」

 

 リリアンヌのその言葉を聞いて、改めて姉二人を見るとその謎が直ぐ様とけた。


(……そっか、公爵家で一番華々しい雰囲気を持ってるのってリリアンヌお姉様だから、今までわからなかっただけか)


「わかってていってるなら皮肉ね」

「あら、そのつもりですよお姉様。でも幸いなことに私達の登場場面を知らないキャサリンは注目されてることに喜んでますよ。滑稽なことにね」

「……本当、貴女だけは敵に回したくないわ」

「私もです」

「あら、嬉しい褒め言葉ですね」


(そう言えば、あのタイミングで入場することを決めたのはリリアンヌお姉様だった……)


 図書室で出会ってから数日のこと。


 まだ全てを知り尽くしたわけでは無いとは思っていたけれど、想像以上にリリアンヌは頭の切れる人のようだ。


(敵に回したくない……けどそれは、裏を返せば味方であれば最強……あ、何だか大丈夫な気がしてきた)


 リリアンヌお姉様の小さな策略により、生誕祭の注目はキャサリンだけに集中することはなくなった。それにより、私に心の余裕が少しずつ生まれ始めていた。


「さて……ここで一度解散にするわよ」

「三人でいたら、キャサリンは来ないでしょうからね」

「はい。……お二方はどちらへ?」

「安心なさい、会場内にいるから」

「私は少し用事を済ませたらすぐ戻るわ。もちろん、レティシアの勇姿は見届けるから」

「ありがとうございます」

 

 二人の気遣いに笑みを溢すと、それぞれが優しく肩に手を乗せた。


「頑張りなさい、レティシア」

「いってらっしゃい。貴女なら大丈夫よ」


 その言葉に大きく頷くと、私は歩き出した。それと同時にベアトリスとリリアンヌもそれぞれの目的のために動き出す。

 

 キャサリンが絡んでくるように、わかりやすい壁際で静かに息を潜めるのであった。

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