第71話 生誕祭の開幕


 2週間ほど連載を止めてしまい、大変申し訳ありませんでした。体調ですが、無事に元に戻りました。9月から、再び完結に向けて更新して参りますので、よろしくお願い致します。


◆◆◆




 複数の馬車が近付く音がする。間違いなく今日の生誕祭の招待客の来訪を告げるものだった。少しずつその音は増えていき、同時にパーティーの開催時刻も迫っていた。


(…………まだ夕方なのに、ずいぶんと早い到着だな)


 招待客の到着よりも一足先に全ての用意を済ませた私は、ホールにある程度人が集まるのを待っていた。主催者側ではあるが、招待客の機嫌取りは役目ではない。むしろ彼らと同じように主役を祝う立場だ。動きは招待客側に近いだろう。

 

 主役の登場まで、招待客への対応は公爵である父が務める。本来ならば姉妹の誰かしらが行うものだが、何せ関係が普通ではない為任されることはない。


(というよりも、いつも通り引き立て役にさせるんでしょうね)


 人が集まり、会場が段々と賑わってくるのを屋敷のかすかな雰囲気で感じ取る。


「……時間ね、行ってくるわラナ。ラナもこれから持ち場に行くのよね?」

「はい、お嬢様。ですから途中までお供致します」

「ありがとう」


 本番前、どうしても緊張が高ぶってしまう。そんな中の心強い申し出に安堵の笑みを溢しながら、ドアの前に用意しておいた武器を手にする。


「……よし」


 それを強く握りしめながら、会場へと向かった。着飾り、武器を手にすると余計に緊張が増した。それでも背筋を伸ばして堂々と歩いていく。公爵令嬢という肩書きを、今日だけは身に重く刻んで足を進めた。


「健闘を祈ります、お嬢様」

「えぇ、……最善を尽くすわ」

「いってらっしゃいませ」


 短く言葉を交わして頷き合うと、ラナに見送られて入り口へ向かった。


 今回はエルノーチェ我が家が会場であるため、来客専用の出入り口と私達身内専用の出入り口がある。


(…………大丈夫、落ち着いて)


 入り口の扉に立つと、ふぅっと大きく息を吐く。ふと今まで教わった出来事の数々がいくつも思い浮かんでくる。二人の姉への感謝も自然と胸に広がった。扉の横にあった鏡に気づくと、その前に向き直した。


「……大丈夫、私ならできるわ。そうでしょ、レティシア?」


 最後に自問すると、改めてドレスを見返す。


 ベアトリスとリリアンヌ、二人が今日という日はこれ一択だと即決した一着。

 紫色と銀色をベースとし、レースとフリルを上品に見えるだけ施されたデザイン。着るものを引き立たせる、ドレスとしての役割を十分に果たしたものだ。それに合わせて、今日は手袋も身に付けている。


「えぇ、貴女なら大丈夫よ。レティシア」

「自信をもって、良い意味で気楽でね?」

「お姉様……!」


 ベアトリスとリリアンヌから、それぞれの後押しの言葉をもらう。


「……お二人は今日、何だか似てらっしゃいますね」

「さすがレティシア。すぐに気付いたわね」

「リリアンヌお姉様が武装を解かれてそちらの姿で参加されるのにも驚きですが……」


 満面の笑みのリリアンヌに、率直な感想を述べると視線をベアトリスへ移動させた。


「……ベアトリスお姉様が赤以外のドレスを着られるのも驚きです」

「私も自分で驚いているわ」

「ふふ、今日という日は私達三人の二回目のデビュタントですから。生まれ変わった姿で挑まないとですよ」

「人の生誕祭でやる所が、リリアンヌを物語っているわね」

「あら。これまで散々利用させてあげたんですから、これくらいは許していただかないと」


 頭の悪い演技を一切消したリリアンヌお姉様は、容貌は天使そのものだった。ベアトリスお姉様も同じく無駄な強い雰囲気が消え去り、頼りがいのある品格者としての姿になっていた。


「それにレティシア、お揃いは私とお姉様だけじゃないわよ?」

「……!」


 リリアンヌの指差す方を見ると、三者のドレスをならんで映した鏡があった。


「本当ですね……よく見ると、所々似通っているデザイン……」


 私が紫色と銀色なのに対し、ベアトリスは青色と銀色、リリアンヌは濃い桃色と銀色だった。完全一致というわけではなく、三人並んでようやく気付けるほどのデザインだった。


「……こういうのは初めてですが、凄く嬉しいです。何だかとても励みになります」

「よかった」

「リリアンヌにしては良い案だったわ」

「あら、ありがとうございますお姉様」


 いつも通りの見知った雰囲気に心を落ち着かせると、切り替えたベアトリスが扉に手を掛けた。


「さ、行くわよ。主役が来る前に会場入りしないといけないからね」

「腐っても今回はあの娘が主役ですからね」

「そうよ。準備は良いわね? 二人とも」

「もちろんです」

「……大丈夫です、行きましょう。ベアトリスお姉様、リリアンヌお姉様」


 問いかけに力強く頷くと、ベアトリスは扉を開けた。それと同時に私は光が差し込む方へ、一歩踏み出した。二人の姉が後ろから続く。


 来客者用の入り口と大きく異なるのは、二階からの入場になるため階段を下りなくてはいけないということだ。ただ、主役用の真ん中にあるものではなく、端にある幅もそこまで広くない階段だ。


(目を伏せず、堂々と)


 扉の外まで漏れていた賑わいの声は、途端になくなった。良くも悪くも会場内は静まり返り、間違いなく視線を集めていた。


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