第70話 それぞれの決戦前夜(後編)
〈レイノルト視点〉
書斎での仕事を終わらせると、部屋の電気を消した。窓から夜空を見つめてレティシアの成功を願った。
(いよいよ明日か。……見守ることしかできないのが、酷くもどかしいな)
あくまでも明日のパーティーの主役は三女であって、彼女ではない。招待客の一人である自分が目立った行動をすれば、彼女の邪魔になる可能性もある。いざという時に助けたいという思いを、明日だけは押し殺さないといけないのだ。
(それにレティシア自身が変わろうとしている。なのに助けに入るのは、言うまでもなく愚行だ。ただひたすら、彼女が頑張る姿を陰ながら見続けよう)
三女のレティシアに向ける異常な敵対心から考えれば、レティシアが大公である自分と関係があることは気にくわないだろう。会話を少しでも交わすものなら、攻撃材料として利用する筈だ。今考えるのも胸が張り裂ける思いだが、明日はレティシアとの接触はしない方が得策だろう。そう思い直すとスノードームに目を向ける。
(……いや、実物の彼女に会えるんだ。例え目にするだけだとしても、美しく着飾るであろうレティシアを見れるだけで満たされるものがきっとある)
スノードームを少し振りながら、雪が舞う様子を眺める。
(それに考え方を変えれば、彼女を長時間ずっと眺めることができるということだろう)
静かになったスノードームを撫でると、自然と口角が上がった。
「それも悪くないな」
呟くと同時にドアが開く。
「うわ、いたのか。電気が消えたからいないと思ったのに。念のため開けてみて正解だったな」
「リトス、どうかしたか?」
「明日の応援をしに。まぁ、頑張るのはお前じゃなくて姫君なんだろうけど」
「あぁ」
リトスによって再び電気がつけられると、流れるように二人とも席に着いた。
「こんなことなら俺も行きたかったなぁ」
「招待状は貰わなかったのか」
「まぁな。レイノルトと違って王族じゃないんでね。それに面識ないから。呼ぶ理由がどこにもない」
「…………付き添いで来るか?」
「あぁ、それは良い……って、んっ?!」
突然の誘いに身を乗り出して驚くリトス。
「今俺のこと誘ったか!?」
「あぁ」
「………………待って、落ち着くから」
その言葉はリトスにとって予想外過ぎたようで、表情がぐちゃぐちゃになっていた。少しの間待つと、どうにか正常に戻ったリトスが返事をする。
「……うん、行きたい。行かせてくれ。俺も姫君の勇姿が見たい」
「……本当なら見せたくないんだ、本当なら。でも、彼女に何かあった時、必ず俺は反応する。何なら助けに動く」
「なるほど、それを抑えてほしいわけか。納得した」
リトスが隣にいれば暴走することはないだろう。そう考えた結果だった。レティシアとの時間を共有して積み重ねた結果、彼女への想いは当初とは比べ物にならないくらい大きく育ってしまった。結婚はおろか婚約さえもしていないのに、もうすることを大前提でいる自分がいるほどだ。
そんな状況で、彼女を助けないように動く方が拷問といえる。反射的に動いてしまう自分を抑える役割は、リトスにしかできない。
「頼まれてくれるか」
「うん、任せろ」
こうして自身への懸念を払拭すると、明日へと備えて書斎を後にするのだった。
◆◆◆
〈ラナ視点〉
いよいよ明日はお嬢様が生まれ変わる日。
お仕えしていて、一番望んでいた瞬間だ。
できる限りホールの仕事を行うことを決意して、運命の瞬間の立ち会いを目論んでいた。
(侍女長には、若いから動き回れることを理由にホールの仕事につかせてもらえた。けど、それでもホールにずっといられるわけじゃないからな……)
どうか奇跡が起こって、良いタイミングでホールにいれますように。そう一人で願っていた。
お嬢様が眠りにつき、部屋を後にすると準備しきった会場を通りかかる。
(うわぁ……随分お金がかかってる、これ)
薄暗い中でも金銀の装飾が星と月の光に反射されて存在を主張している。電気を消しているからといって何も確認できないわけではない。その証拠に、何やら人影が動いていた。
(誰?……格好からして従者よね)
嫌な予感を察知すると、気配を消して人影に近づいた。
「…………」
「…………?」
無言で何か作業をする侍女の、手先に視線を移す。
(これは……)
状況を確認すると、再び気配を殺してその場を後にした。
(真っ先にお嬢様に報告するべきなんでしょうけど、お休みになられてる上に明日のこともある。ここは一先ずベアトリス様の所に向かうべき)
即座に判断をすると、誰にも見つからぬようにベアトリス様の部屋へと急ぐのだった。
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