第69話 それぞれの決戦前夜(前編)



「ラナ、ただいま!」

「おかえりなさいませ、お嬢様」


 食堂にロドムさんとマーサさんが戻り、お店が再開された。久々の出勤となるため、皆なまった体を起こすところから始まった。思っていたよりも体は覚えていたので、再開二日目からは元通りに店が回っていた。


「それにしても決戦当日まで働かれるとは」

「さすがに今日は早く上げてもらったから大丈夫よ。まだ日が落ちてないでしょ?それに、いつも通り過ごしていることで緊張もほぐれるし」

 

 リリアンヌが働き始める事もあり、まずは自分が改めて熟知する必要があった。本人からはパーティー後で構わないと告げられたものの、いつでも動けるように準備をしておきたかった。


「それなら良いのですが」

「明日の準備をしないとね」


 ラナの心配を受けながら、翌日への最終確認を始める。


「完成したんですね、

「えぇ。明日の落ち着いた時間に渡すつもりなんだけど……そんな時間が果たしてあるかどうか」


 当日はパーティーの主役に噛みつくような事をするのだ。いくら二人の姉という擁護がいても、最悪は退場を命じられる可能性は大きい。そんな中でレイノルト様と接触することができるかは、全く予想できない。


「良い意味で、無いことを願いますね」

「そうね」

(せっかく作ったから、もちろん渡したいけれど。……どんな反応するかな)


 レイノルト様の事を考えると、自然と笑みを浮かんでくる。


「誰にも恥じぬ、生まれ変わった私を見せるわ」

「遠くより見守っております。できれば会場内で見続けたいのですが、当日は裏方に回ることもあるので」

「……ラナの期待と応援に必ず応えるわ」

「はい、無事を祈っています」


 そう力込めたの眼差しで頷き合うと、姉達と三人で決めた決戦の衣装に視線を向ける。


(…………いよいよね)


 戦闘服とも言えるそのドレスは、私の決意に答えるようになびいていた。



◆◆◆


〈ベアトリス視点〉


 明日の生誕祭に備えて屋敷中が騒がしていた。会場の設営から明日に使う食材の調達など、いつにもまして侍従の仕事は山積みなことだろう。


(その上、キャサリンが王子妃候補という肩書きが付いてしまったことで、必要以上に豪華にしなくてはいけなくなったみたいね)


 今回の生誕祭は例年と異なり、キャサリンという人間及びエルノーチェ家が評価される場と言っても過言ではない。


 個人の人脈や人柄、家の財力や影響力。果たしてキャサリンは王子妃に相応しいか否か。これを判断するための場所でもある。


(と言っても、この一回で全てが決まるわけでは無いけど……。キャサリンのことよ、ここで確実に決めたいと思っている筈。利用できると思っている駒がたくさんある場所ですもの)


 だがそれは、レティシアが何も変わらずいつも通りであればの話だ。


(……考えてみれば、キャサリンからしたら最悪なタイミングの反撃ね)

 

 にやりと笑うと、ある報告書に目を通す。いくつか沸き起こった懸念と疑惑の調査結果だ。大方予想通りであったことに驚くことなく確認する。


 小さく息をつくと、これから対峙するであろう二人の妹を想像した。


(…………頑張りなさい、レティシア。貴女なら大丈夫よ)

 

 レティシアの部屋があるだろう方向を向くと、真っ直ぐ見つめながらこぼした。


「主役は貴女よ、レティシア」



◆◆◆


〈リリアンヌ視点〉


 衣装部屋に入ると、フリルの多い甘めなドレスが目に入る。 


(相変わらず嫌な部屋ね)


 その光景は演じる道を選んだもう一人の自分が、いかに狂った感覚の持ち主かわかるほどだった。


(……でもこれは、私の生きた証なのよね)


 複雑な感情に苦笑いをしながら、奥へと進んでいく。甘いドレスをどけると、そこには本来の自分が好む清楚でシンプルなドレスが並んでいた。


(……これと、これがいいかしら)


 その中から、最も豪華なドレスを選ぶ。豪華と言っても、レティシアの戦闘服にはもちろん劣る。程度良く華やかな二着を手にすると、明日に袖を通せるように一通りドレスを見ていく。


(うん、大丈夫そうね)


 新品同様の綺麗なものであることを確認すると、隣の自室へと戻った。


(明日はレティシアの第二のデビュタントであると同時に、私とお姉様が偽りなく一歩を踏み出す初めての日でもある)


 ドレスを大切にかけると、それに合う装飾品を探し始める。


(三人で一緒に踏み出す…………とても心強いわ)


 安堵の笑みをこぼしながら、装飾品を手にする。準備万端に明日の衣装を揃えると、手を両方腰に当てて告げた。


「……さぁ、呪縛から解放されましょう。レティシア、お姉様」


 在るべき姿にそれぞれが戻ることを思い浮かべながら、強い眼差しで衣装を眺めた。

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