第73話 対峙する瞬間
来客のほとんどがキャサリンへの挨拶を済ませた頃、会場内の視線は再び一点に集中した。
現れたのはセシティスタの第一王子、エドモンド殿下。その姿をチラリとだけ確認のつもりで視線を向ければ、隣に立つ者に視線を奪われた。
(レイノルト様…………頑張って、って言ったのかな?)
小さくこぼれた笑みは、レイノルト様が接触以外で伝えられる最大の応援を受け取ったことを意味していた。
今まで気配を消して、参加したパーティーで共に隅で談笑していたレイノルト様。特段目立つことをしなかったために、隣国の大公を認識して視界にいれたのは、セシティスタの貴族にとって今日が初めてのことだろう。
顔は整っているエドモンド殿下の隣に立っていることもあり、二人の登場はいつも以上の興味を引き付けた。特に令嬢方は、レイノルト様に好意的な視線を送っている。
(……視線を集めてるのに、嬉しくなさそう。あんまり好きじゃないって言ってたからな)
仮面のような笑顔を張り付けて、殿下と共に令嬢方の視線に応えている。近くで見てきた回数が多いせいか、その笑顔からは喜びは一切感じ取れずむしろ嫌悪が浮かんでいるように見えた。
二人がキャサリンの方へと向かうのを静かに目で追う。最大限、上品な振る舞いで二人から祝辞を受け取る。その姿はやはり、リリアンヌには敵わないものがあった。
三人での談笑が開始される。だが、終始エドモンド殿下との二人きりの会話になっており、レイノルト様から口を開くことは無かった。そして、二人だけの雰囲気を感じ取ったレイノルト様が「邪魔をするわけにはいけない」と告げてその場を後にした。
キャサリンとしては形だけでも傍にいてもらうことで、色々と都合が良かったのだろう。レイノルト様が傍を離れる瞬間、ほんの一瞬素顔が見えた。
(隣に立ってるだけなのに、あたかも自分のステータスにしてしまうあたり、さすがとしか言いようがないな)
改めて殿下による祝いの言葉を貰ったところで、会場はダンスを踊るために音楽の準備が開始された。必然的に来客者及び開催者は特定の場所で準備を待つことになった。
(……そろそろ、かな)
瞼を閉じて小さく深呼吸をする。そして瞳を開けた時、予想は的中した。いつも通り、私を利用するためにキャサリンが一歩ずつ近付いてきていた。
(…………扇子よし、目つきよし、気持ちよし。大丈夫、行ける……!)
ゆっくりと扇子を準備する。一瞬装備するか悩んだが、祝辞が先だと判断し手を止めた。
キャサリンが近付くにつれ、周囲はいつものように観客と化した。
「……レティシ」
「お誕生日おめでとうございます、キャサリンお姉様」
悲壮感を醸し出し始めた姉に、流れを作らせないように手短に祝辞を述べる。軽く一礼をするが、その所作はリリアンヌ仕込みの品を感じさせる動きだ。ただ、感情が一ミリもこもっていない言葉からでは以前と同じく人形のようなレティシアをキャサリンの中で彷彿とさせることだろう。
(心から祝う理由もなければ、込める想いも皆無。下手に感情をこめてしまえば、自分からキャサリンお姉様に利用されにいくようなもの。……忘れてはいけないのは自尊心)
「ありがとうレティシア。まさか来てくれるだなんて思わなかったわ……。その、最近貴女を傷付けてしまったでしょう?てっきり嫌われてしまったと思って」
恐らくこれは、建国祭二日目の地方での出来事で間違いなさそうだ。私が即座に帰ったのを良いことに、都合の良い解釈で立ち回ったあの一件。
「でも……今日の貴女の服装を見たら、安心してしまったわ。ありがとう、そのドレスを着てくれて」
なるほど。やはりキャサリンはどうしても、妹を更生させた姉というルートを辿りたいようだ。
いつも通りのレティシア《人形》なら、黙ってキャサリンの一人劇を無言で見続ける。それ周囲は、キャサリンの言葉が真実だと受け取る。これが今までの茶番劇だった。
(キャサリンお姉様……もう私は茶番劇をするつもりはないの。ごめんなさいね)
これから壊していく様々な物に対して、僅かに抱いた罪悪感から内心で謝罪する。その言葉を上書きするかのように、キャサリンへ視線を即座に合わせると言葉を返した。
「傷付けた自覚が、おありなんですね」
「えっ……それは、もちろん。私が咎めたから建国祭の最終日、謹慎になってしまったでしょう?」
ほんの一瞬、キャサリンに動揺が走る。だがさすが茶番劇及び本日の主役というべきか、対応力と切り替えの早さは安定している。
(告げ口の間違いでしょ。貴女は何も咎めなかったし、その権利も資格もなかったんだから)
建国祭の最終日に謹慎した、これは貴族であれば誰でも重く受け止める事態だろう。周囲の貴族からざわめきが起こる。その様子を見た兄とエドモンド殿下がみかねてこちらに向かってくるのが見えた。
キャサリンは私を落とすだけ落として、自分が用意したことに勝手にしているドレスを引き合いに出して、綺麗に事をまとめるつもりだ。
「本当に申し訳ないと思っているの。貴女にいくら非があったからといっても、謹慎はやりすぎだったと思うの。ごめんなさいレティシア、私がもっと気を配ってあげられれば────」
「ふふっ、ふふふふっ」
自分の思い描く脚本通りに進めようと、見事な演技を見せるキャサリン。私を落とすだけ落とし、それでも自分が悪いと本当に妹想いで素晴らしい姉を演じる。兄とエドモンド殿下もキャサリンの直ぐ後ろまで来た。最高潮まで見せ場が達しようとした時、私は声を出して笑った。
一度目の笑いで扇子を顔に近付け、二度目の笑い声で瞬時に扇子を開き口元を覆った。
「ここまで馬鹿にされた謝罪は初めてですわ、お姉様」
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