第67話 過去と現在


 これ以上言いたいことが見つからなかったのか、二人は黙り込んでしまった。良い頃合いだと感じ取った私とリリアンヌはがその場を去ろうとした時、父が「お金は自由に使いなさい」と小さな声で漏らした。正式に許可が出た訳だが、戸惑いつきの腑に落ちない声色だった。


 来た道を戻り、ベアトリスの待つ部屋へと戻った。


「遅かったわね。何か不手際でもあった?」


 心配そうに尋ねる彼女に、リリアンヌは包み隠さず一階であった出来事を全て話した。


「……ということがありまして」

「嘘でしょ……レティシア、貴女」


 大丈夫かと確認されるのだろう、そう思いながら反応に身構える。しかし、返ってきたのは予想外のものだった。


「デビュタントのドレスが古着、ですって……!?」

「え、あ……はい」

「お姉様、私もついさっき知りました。こればかりは本当に悔やまれます」

「全くよ。どうして豪華なものを用意しなかったの!その権利があると言うのにっ」

「お、落ち着いてください」


 話の行き先が父と兄ではなく、まさかの私のデビュタント衣装へと向かってしまった。


「古着といっても、遜色ないようリメイクしましたし」

「古着であることに変わりはないでしょう!どうしてそんなことを……」


 嗜めようとしても、ベアトリスの嘆きは中々収まらない。何とかするために説得と言う名の言い訳をし始めた。


「デビュタントの頃は、本当に本気で自立を考えていたんです。当時は自立と言うかエルノーチェ家からどうにか遠ざかりたくて。願わくば縁を切れないかと思っていた程です。その為にはどんな些細な事でも借りを作ってはいけない、エルノーチェ家に返すものができてはいけないと無駄遣いはおろか家のお金を使わないと決めていたので」


 公爵家に生まれてしまった以上、社交と言う貴族の義務は最低限こなそうと努力を決意した。だがふたを開けてみれば、義務をこなすための日々ではなく、キャサリンに利用され続ける毎日に変わっていた。それでも家からはなれるのだから、社交界の評判なんて自分には関係ないと思い自身を知らない内に蔑ろにしていた訳なのだ。


「デビュタントというか、社交やパーティーには一切の関心もなかったんです。豪華なドレスやきらびやかな宝石には全く惹かれない、とんでもなく変わった令嬢だったので。だから悲観的にならないでください。当時の自分はそれで満足していましたし、それが正しいとさえ思っていました」


 二人の姉の素性を知らなかったあの頃は、自分以外の家族はむしろ敵のように思うことさえあった。関わりたくない一心でがむしゃらに生きた数年間。今ではそれは間違っていなくとも、愚かであることが断言できる。自分で言葉を紡いでいて、あることを発見する。


(嫌なことに気付いちゃったな。できれば認めたくないけど、目を背けることの方が愚かだと学んだから……)


 手に少し力をいれると、二人の姉に向き合って話を続けた。


「……私もお兄様やお父様に似て、思い込みの激しい人間でした。でも今は、悪癖に気付いて変わり始めています。ですからどうか……デビュタントという過去ではなく、パーティーに臨もうとしている現在について考えていただけませんか」


 その過去は振り返りたくない訳でも、触れてほしくない訳でもない。ただ、当時の私がした事を姉達に思い悩んでほしくないのだ。価値観の相違から生まれた、古着リメイクという選択肢は前代未聞だとしても、当時の私からすればごく自然な行動だったのだから。


 真っ直ぐな視線で二人を見ると、姉達は二人で目を合わせて頷きこちらを再び見た。


「……そうね、レティシア。見るべきは現在よね」

「お姉様と私が嘆くべき事でも……ないのかもしれないわね」

「えぇ。ですから今を見ましょう。そして今度は存分に後悔無く、豪華で素晴らしいドレスを用意するわよ。……何かとは言わないけど、昔の分も込めてね」

「そうねお姉様。……さぁ、レティシア。これ以上ないドレスを見繕いましょ。次のパーティを貴女にとっての第二のデビュタントにすればいいのだから」

「……はい、ありがとうございます」


 的確に思いを汲み取ってくれる姉達には、もう頭が上がらない。言ってしまえばこれは、私の“考えないでほしい”というわがままでもあるのに、それを文句を言わずに受け入れてくれる。


 最上級の配慮を受けながら、再びドレス購入を再開した。

 

 着せ替え人形の如く、何着もドレスを変えながら当日のドレスを決めることになった。だが恐ろしいのは、着るもの全て似合うと言われ問答無用で購入になってしまうことだ。


(さっきも端から端を頼んでたよね……でもこの流れじゃもういらないなんて言えない)


 複雑な気持ちなりながらも、来る日を見据えて真剣にドレス選びに集中するのだった。

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