第66話 変化の証


 父と兄は沈黙しリリアンヌは無言で様子を伺っていた。その眼差しは鋭く、穏やかで優しい姉の姿は消え去っていた。リリアンヌが言葉を投げつけている間、正論に頷くと同時に私はあることを思い出して備えていた。そして誰も声をあげない今が、私の番であることを示すかのようであった。


「……以前、謹慎を告げられた時にお二方と極力関わらないよう努力をすると約束致しました。偶然とはいえ、お時間を奪ってしまい大変申し訳ありません。このようなことが無いように、以後気を付けます」


 小さく頭を下げると、続いてここを去る旨を伝えようとした。


「話は……終わっていない」

「左様ですか。何でしょう」


 このまま行かせるのは彼らの矜持が許さなかったのか、引き止める言葉を告げられる。だがリリアンヌの件で受けた衝撃が抜けておらず、最初にあったカルセインの迫力は半減していた。


「……先程言った通りだ。公爵令嬢だからといって散財をするな。これに関しては、希薄だろうと無いに近い関係であろうと、同じ公爵家の人間として色々と迷惑を被る。苦言を呈する理由としては充分だろう」

「…………」

(……同意の視線ね)


 父は多くを語らずに、カルセインの言葉に小刻みに頷きながらこちらを見ていた。

 リリアンヌの発言は少なからず影響を受けたようで、言葉の端々に気にする様子が感じ取れる。それを見て、下手に無視して逃げるのではなく、胸の内を全てぶつけようと思った。


「散財。……お兄様にとって散財とは何でしょうか」

「……言葉の通り、湯水のように使っていることだ。散財でわからなかったのなら砕いて伝える。お金の使いすぎに対して控えろと言っている」


 無表情から、少し余裕のある笑みを浮かべて疑問を尋ねる。返ってきた反応は予想通りのものだった。


「なるほど。お金の使いすぎ、ですか。……だとすれば、言う相手を間違えているかと思います。自分で言うのもあれですが、少なくとも私は姉妹の中で一番お金を使っていないと思いますので」

「馬鹿げたことを……」


 何を見て私が散財をしたと断言したかはわからない。だが今重要なのはそこではないので置いておく。思い込みの激しいカルセインに、私は事実で対抗を試み始めた。


「疑われるのならば、事実だけを述べていきます。そうですね……まずはデビュタント。通常の貴族の令嬢ならば、品質の良いドレスを選ばれますよね。私は古着屋で格安のドレスを購入後、リメイクしたものを使用致しました。これはデビュタントに限らず、パーティーに関しては毎回同じことをしています。まともに高いドレスは買ったことはないので、お金を使用していないと思います」


 初めて聞く私のデビュタントの裏話に最も衝撃を受けたのは、リリアンヌだった。目の前の二人も未だに疑わしい目で見るものの、動揺しているのは明らだった。


「続いて装飾品ですが、宝石のあしらわれた高価な指輪やネックレスに関しましては一つも購入したことがありません。普段つけているのは、自作ですので価値は限りなく低いものかと。お茶会は一度も開いたことはありませんので、貴族の催しとはいえ私生活でお金を使ってもいません」

(引きこもりのぼっちですからね……)


 淡々と貴族の令嬢らしからぬ行動を告げていく。そして言うか迷ったことも、この際全て吐き出してしまおうと決意した。


「……そもそもの話なのですが。散財とはエルノーチェ家のお金を使うことですよね? だとしたらご安心ください。物心ついて働くようになってからは、自分で稼いだお金で物品は購入していますから。今でこそ自立は考え直していますが、しっかりと自分の貯金もあります。ご不満でしたら、今回のドレスも自費から出しますので心配なさらないでください」

(本当は物凄く嫌だけど……)


「今回のドレスもって……レティシア、その古着屋で買ったドレスも自分のお金なの?」

「もちろんです、お姉様。当時は家のお金の使い方はわからなかったもので。商人を呼びつけることも可能でしたかもしれませんが、何分伝手がなかったので……」 

「……ごめんなさい、レティシア」

「謝らないでください、お姉様は何も悪くないではありませんか」


 突然のリリアンヌの謝罪に、今度は私が動揺し始める。父と兄はリリアンヌの時のように言葉を失って立ち尽くしている。少しの間沈黙が流れると、次に口を開いたカルセインからは、ため息のつく言葉しかでなかった。


「…………ドレスを買わなかったのは、キャサリンから渡されていたから……だろう。キャサリンがレティシアの分まで購入していたのにも関わらず、選り好みをして拒否したのは」

「フリルにフリルもはやフリルでできた、へんてこりんなドレスや、金銀を使って派手さを重要視したデザイン性皆無のドレス。あるいは胸元や肩が異常に開いた品も知性も感じられない下品なドレス……等々。センスの欠片もないドレスを着るくらいなら、自身でリメイクしたものを着た方が比べる間もなくマシです。貴族らしからぬ私にも、最低限の矜持はありますから」


 被せ気味に反論すると、今度は本当に黙り込んでしまった。


「私もリリアンヌお姉様と同意見です。変に言い掛かりをつけて、文句を言うだけの干渉は止めて下さい。何も知らないのに、思い込みと憶測だけで私やお姉様方を語らないでください」


 毅然とした態度で意見を述べることなど、少し前までは面倒と感じてしなかった。自分の口から出た言葉に驚くと同時に、変化を実感する。


「言いたいことは以上です」


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