第65話 希薄な関係


 父と兄は店頭に並ぶ品を吟味しているようで、こちらに気付いてる様子はない。階段を下りきる前に状況を把握したお陰と言うのか、丁度向こうからは見えない位置で私達は止まっていた。


「…………どうしますか、リリアンヌお姉様」

「どうしましょうかね」


 小声で尋ねてみる。鉢合わせたくない気持ちは二人共同じである為、慎重に動こうと息を潜める。


「……何てタイミングの悪いことかしら。嫌になるわね、全く」

「はい……」

(ただならぬ嫌悪をお姉様から感じる。恐らくあの二人は後日あるパーティーに備えて、必要なものを買いに来たのでしょうけど……)


 リリアンヌの言葉に心底頷きながら、ここで立ち止まっていても事態が好転しないことを察する。


「戻ったところでお姉様に余計な労力をかけるなら、私達で対処しましょ」

「はい。せっかく休んでもらっているので」

「そうね」


 二人の意見が一致すると、私達は取り敢えず見て見ぬふりをすることにした。

 存在の把握はしている。だが、わざわざこちらから話しかける理由は何一つない。なので、当初の目的であるカタログのドレスを尋ねに店員を探すことにした。


 階段の奥という死角から、一階のフロアへと足を踏み出した。


「……あの。こちらのドレスは今から用意はできますか?」

「確認いたします。少々お待ちくださいませ」


 父と兄のいる場所とは、端と端の関係にある場所でやり取りをこなす。気付かれまいと小声で尋ねるものの、静かすぎる店内に響くには充分の声だった。


(視線を感じるけれど、まだ後ろ姿なら気付かれてないのでは)


 感じた視線は一瞬のものであった為、声の主の確認を少ししたような動作のようだった。不思議と焦りが心で浮かぶ中、目線を上げればリリアンヌは店内の品を興味深そうに見ていた。


「あら、素敵」

(……さすがお姉様。雰囲気だけ見れば、ただの客だわ)


 演技かは定かではないが、姉の対応力に感嘆としながらその横に並んだ。


(これなら気付かれずに終わるかな)


 そう希望を見出だしながらリリアンヌの隣で気配を消していると、直ぐ様それは打ち砕かれた。


、確認が取れました。只今用意致しますのでお待ちになられてください」

「…………ありがとう、ございます」


 かつてないほど乾いた笑みが自然と浮かぶと、現実逃避をしたくなった。遠い目をしていると足音が近づくのがわかった。

 リリアンヌは顔にこそ出さないものの、どこか負の感情が読み取れる。


(まぁ……そう上手く物事は進まないわよね)


 内心ため息をつくと、予想のつくこの後の出来事に備えて身構えた。


「……レティシア、何をしている」


 いつも通りの冷ややかな声で名前を呼ばれる。振り向けば声の主である兄と、その一歩後ろに父が立っていた。


「ご機嫌ようお兄様。見ての通り、買い物をしています」

散財を」

「…………」

「…………」


 特に何の感情も抱かないため、無表情で対応をする。よくわからない言葉が返ってくるが、父とリリアンヌはまだ無言の状態だ。


「いくら公爵令嬢であろうと、使って良いお金にも限度が…………っ」


 意味のない小言が始まるかと思えば、何故か急に言葉を停止した。その反応は父も同じで頭上に疑問符が浮かんだ。


「……これは失礼。身内の事は後ほど他所でやろう。まさか友人連れとは」

「粗相を謝罪いたします、ご令嬢。ところで見ない顔ですが、どこの家のご令嬢でしょうか」

(……??)


 その言葉にますます謎が深まったが、視線の先を見て瞬時に状況が理解できた。それと同時に、父と兄二人に対する呆れた感情が一気に沸き起こる。


「……まぁ。これほど呆れた言葉は聞いたことがありませんわ。友人? 見ない顔? 面白い戯れ言を仰るんですね。お父様、お兄様」

「……は?」

「今、なんと」

「どこの家の令嬢かと尋ねられましたわね。お答えしますわ。エルノーチェ公爵家の次女、リリアンヌにございます。以後お見知りおきりを」


 そう、今日のリリアンヌはぶりっこの武装を脱いだ、貴族の中の貴族とも言える高い品と知性を兼ね備えた令嬢モードだ。

 とはいえ、その姿と事情を知らない父と兄からすれば別人と見えることだろう。私でさえわからなかったのだから。

 

 呆然とする二人をよそに、リリアンヌは辛辣な言葉を続けた。


「家族の顔を忘れたのであれば咎めることなど致しませんわ。ただ、それだけ希薄な関係であるのならば、口出しは不要では無いでしょうか。もちろん、それはではなく、がですよ。だって……王国の宰相たるお父様は、理由もなしに姉妹の中で対応を変えることなどしないでしょう?    ですからこれまで通り、家の中でも外でも干渉は控えてください。私もレティシアも、家族という名ばかりなだけの希薄な関係の方々から、文句を言われる謂れはありませんから」


 毒のようにぐさりと刺さる言葉だが、圧倒的に正論な為に反論のしようがない。それをわかっているのか、はたまた状況処理に追い付かないのか、二人は無言で立ち尽くしていた。


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