第64話 不満は止まらない
今まで抱いていた疑問は当然姉達も感じていた。私よりも数年、家族として過ごした期間が長い二人の方が思うことは山ほどありそうだ。
「でも私達の考えなんて知らないでしょうし興味もないから、私とお姉様はただの浪費家だと思われているのよ。……何というか、自分の都合の良いように解釈する人間なのよ、お父様は」
「そうなんですね……その、あまり関わったことがないので」
「関わるだけ時間の無駄だもの。これからも関係を変える必要はないのよ?」
微笑みながら告げるその表情は、目だけ笑っていなかった。明らかなる父への嫌悪をリリアンヌから感じとりながらも、その心中は察せられた。
「……まぁ、とにかくあれね。レティシアがお父様の悪い部分を受け継がなくて良かったわ」
「都合の良いように解釈する、という部分ですか?」
「そう。あと思い込みの激しいところね。しかもどちらも無自覚。……悪い部分が似てしまうのは一人で充分よ」
リリアンヌに変わり、ベアトリスがため息をつきながら淡々と意見を述べた。その言葉に私は疑問を投げた。
「一人?」
「そうよ、一人。いるじゃないそっくりな奴が」
「……もしかして、お兄様のことですか」
「正解」
恐る恐る答えてみれば、見事に当たっていた。途端にベアトリスの嫌味を含んだ笑みへと変わり、言葉遣いもどこか刺々しくなる。
「キャサリンとレティシアが対峙している時、必ずキャサリンの擁護をするでしょ。別に誰かを擁護することを否定する訳じゃないわ。カルセインの悪いところは、一方の言い分しか聞いてないのにまるで全てを把握した気になって、レティシアを悪者にしてるところよ。こういうのを都合の良い解釈っていうのよ。似てるでしょう?」
「……とても」
察した瞳で笑みを作ると、先程のリリアンヌのような微笑みになった。ベアトリスは心底呆れたように、カルセインについて語った。
「双方の話を聞いた上での判断ならまだしも、一方の言葉を鵜呑みにしている。どう考えたって正しい答えじゃないのに、何故だかそう思い込んでる。……あらびっくり、お父様そっくりじゃない」
一切変わらない声色は、ベアトリスの感情を物語っていた。横を見ればリリアンヌも激しく同意するような表情で頷いていた。
一通り言いたいことを言い終えると、ベアトリスはようやく席に着いた。動き続けていた姉の休憩に安堵していると、今度は目の前に置かれたカタログを手にした。
「……このドレス、絶対レティシアに似合うじゃない。ちょっと待ってて。在庫があるか聞いてくるわ」
「それなら私が行きますよ。お姉様は少し休まれてください」
「良いわよ、聞いてくるだけだから」
「聞いてくるだけなら私が行きます」
「レティシア、それなら二人で行きましょ。お姉様は休んでてください。ね?」
「……わかったわ」
リリアンヌの圧に抵抗を諦めたベアトリスは、立ち上がるのを止めた。隣室で会計と配送等の手続きをしているラナの様子を確認すると、リリアンヌと二人個室を出た。
二階にある個室から、店員のいる一階へと向かう。
「全て買うと言ってしまったから、今頃店の人は慌ただしくしてるでしょうね」
「そうてすね。丁度一階へと戻られましたし」
「追い討ちをかけるみたいで申し訳ないわね」
階段に向かいながらも会話は続く。無言の空間が消え、言葉を交わしているのは姉との距離が縮まった証拠でもある。
「……あまりお姉様には言ってなかったけれどね、私お兄様のこと大嫌いなの。それはもう軽蔑するほどに」
「具体的な理由を聞いても」
「もちろん。……私達姉弟の中であの人から一番攻撃されたのは、紛れもなくお姉様でその苦労は計り知れないものなのはわかるわよね?」
リリアンヌの問いかけに速攻で頷く。
「面倒を被ったのはお姉様一人と言っても過言じゃないわ。……それなのにお兄様は、まるで自分も面倒をかけられたかのように振る舞っている。あんな人間が母親だなんてと被害者のように見せる時もある。それがね、堪らなく嫌なの」
声のトーンを一つ落としてリリアンヌは続けた。
「一ミリも被害を受けてない人間が、勘違いして思い込んで被害者ぶってる。それだけでも嫌なのに、自分を守ってくれた姉に関しては目もくれず。恩を何一つ感じずに、都合の良いように生きていってる。未だに何も気づかず、何も見ようとしないで無意識でも避け続けてる兄。正直言って、自分によってるのかと思うくらい酷い有り様よ」
これ以上ない毒を吐いたかと思えば、まだ言葉は終わっていなかった。
「私とお姉様が演じていたことを加味しても、お兄様に非があるものは浮かんでくる。……親子で嫌な部分が似るのって厄介ね」
リリアンヌはそう締めた。初めて知る、兄カルセインへの姉達の評価。想像以上に鋭い言葉だらけだったが、納得しないものは何一つなかった。
父と兄。どちらとも関係が希薄な私でさえそう感じるのだ。姉達二人の不満と苦労は、それ以上のことだろう。考えながら階段を下っていると、一歩前を歩いていたリリアンヌが足を止めた。
「……悪いことを言うとその人が現れると聞いたことがあるけれど、どうやら本当みたいね」
ため息混じりの小さな声の先には、父と兄が立っていた。
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