第59話 意図しない刺
ある意味濃い一日を終えてベッドに横になると、眠りにつくのに時間はかからなかった。ラナが戻ってきたという安堵から、熟睡できた気がする。スッキリと目を覚ますと、いつものように体をぐっと伸ばした。
「おはようございますお嬢様。本日ですが、キャサリンお嬢様はご友人が主催するお茶会へ出掛けられました。ベアトリスお嬢様とリリアンヌお嬢様は馬車の様子からして自宅におられると思います」
「……ふふ、ありがとうラナ」
昨夜の話の終わりに、ラナは「自分も当然手伝います」と強く意気込んで伝えてくれた。その思いの強さを早速目の当たりにしているわけだが、嬉しさから笑みがこぼれる。
「キャサリンお姉様がいなくてお二方がいらっしゃるということは、今日は学べる日ね。朝食を食べたら急いで向かうから、準備をお願いできる?着替えは自分でやるから」
「かしこまりました」
ラナと同時に動き出すと、クローゼットに向かった。
「そう言えばお嬢様。仕事が再開するのはいつ頃ですか?」
「明日からなんだけど……バリバリ働かなきゃ。服を買いたいから」
「服ですか?」
「うん。部屋着があまりにも少ないでしょ? さすがに部屋着はドレスと違ってリメイクできないから、買うしかないなって思って……」
ガチャン。
何かと思ってラナの方を振り向くと、紅茶の茶葉を入れた缶を落としていた。
「…………今お嬢様、何て?」
「新しい部屋着というか普段着を買おうかと」
「……………!!」
目を最大限見開き、口もポカンを通り越してあんぐりと開いていた。その状態を五秒ほど保つ様子から、尋常ではないほど驚いていることが伝わった。
「……ラ、ラナ?」
「…………お嬢様本気ですか」
「え、もちろん。買おうと思って」
「正気ですか、何か悪いものでも食べましたか」
「いや正気だし、食べてないよ」
「ではこれは夢……?」
「夢じゃないから、現実! 頬っぺたつねってみて」
「痛い……現実ですかこれ!?」
「現実です!」
あまりの勢いに、そのままの雰囲気で答えてしまった。思わず私も目に力が入る。二人の声が部屋に響くと、その反響だけが残りお互いに固まる。ラナの表情は再び驚愕のものへと戻り、より一層目に力が入っていった。
「……あの、自立するためにお金を貯めていた末路に守銭奴と化してしまったお嬢様が。令嬢ごとはもちろん身だしなみも本当に最低限にしか興味がなかったお嬢様が。…………ついに、ご自身の口から買うという言葉が。これが現実なら私は感激で涙が止まらなくなります」
「……あ、うん」
感激すると喜ばれている事よりも、ラナから放たれた予想外の辛辣な言葉が私の中で響いていた。
守銭奴、確かに言われてみればそうかもしれない。自立という目標はあるものの、そこだけしか見てこなかった為にとにかく無駄遣いを避けた。貯金だけを続けてきた結果、そう思われるのも当然のことだ。
納得できるけれど、何故だか胸が痛い。
「と、取り敢えず朝食を」
「もちろんです、お嬢様!」
私にとっては何気ない行動だが、ラナからすればとんでもない行動なのだろう。しかも良好な方向の。見るからに上機嫌で支度をするラナを見ていると、少しだけ複雑な感情が沸き起こる。
(守銭奴…………守銭奴……確かに何がなんでも無駄遣いはしないと賃金はほとんど貯金に回してたから)
どことなく落ち込みながら食事を終えた後でも、ラナは嬉しそうだった。笑顔のラナを見るとその複雑な気持ちも段々と消化していった。
朝食を終えて、身だしなみを整える。ベアトリスお姉様とリリアンヌお姉様の元へ行こうとしたその時、扉のノックが響いた。
「はい」
ラナが扉を開けると、そこには二人の姉が立っていた。
「レティシアは起きているかしら」
「は、はい!」
「あら、貴女がレティシアの専属侍女?」
「そうでございます」
「レティシアから大体は聞いてるかしら。これからは顔を合わせる機会が増えるでしょうから、よろしく頼むわ」
「私も。お願いね」
「よろしくお願いいたします」
三人の挨拶に近いやり取りを扉付近で行っているのを見ながら、急いで近づいた。
「おはようございます。ベアトリスお姉様、リリアンヌお姉様。今から向かおうとしていたのですが、どうかなさいましたか?」
「今日は少し二人で散歩をしてたのだけどね、それならついでにレティシアの部屋でやっちゃおうって思ったのよ」
「妹とは言え毎回来て貰うのも申し訳ないでしょ」
リリアンヌが外を指差しながら告げる隣で、ベアトリスは小さく微笑みながら配慮を告げた。
「わざわざありがとうございます」
「いいのよ。始めるのは少し休憩してからでもいい?」
「もちろんです。ラナ、お二方の紅茶をお願い」
「かしこまりました」
ラナが再び紅茶を用意しに向かうと、二人の姉をソファーへと案内する。
「……良い部屋ね」
「そう言えばお姉様は初めてでしたね、レティシアの部屋に来るの」
「えぇ。とても良い部屋だわレティシア。リリアンヌと違って落ち着く色味ね」
「あらお姉様。私もそろそろ模様替えをしようかと思ってますの。つきましては要らなくなった家具やインテリアはお姉様にお譲りいたしますわ」
「あんな趣味の悪いもの要らないわよ。さっさと処分しなさい」
「レティシアはいる?」
「……遠慮しておきます」
苦笑いを浮かべながら答えると、三人同時に腰を下ろした。
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