第58話 侍女の帰還


 普段と変わらず勤務から帰宅するように、気配を消しながら屋敷へと入った。


(手作り……料理?ううん。人に振る舞える程の腕前じゃない。まだロドムさんの手伝いしかできないレベルだし。……編み物とか刺繍はやったこと無いから無理そう。……手作りって他に何があるかな。というか私に作れるものってあるのか────)


 レイノルト様から提示されたについて考え込みながら、部屋へと入っていった。


「お帰りなさいませ、お嬢様」

「…………ラナ!!」


 ラナが休暇から戻ったのは、居ないことの寂しさに嫌でも慣れ始めた矢先だった。いつも通り侍女の制服に袖を通した姿は、懐かしさと安心感を誘った。


「ただいま、ラナもお帰りなさい」

「はい、ただいま戻りました」


 会話をできるという当たり前の事に胸が暖かくなるのを感じていると、ラナが傍に来てくれた。


「一週間近くも休暇を下さり、本当にありがとうございました。おかげで母も十分回復できましたので、もう心配ありません」

「それなら良かった」


 ラナの話によると、元々重症では無かったらしい。ただ目を離すとすぐに無茶をして仕事をするので、監視の意味も含めて数日間実家に滞在したようだ。


 話を聞きながら部屋着に着替える。


「外からのお戻りですよね。食堂への勤務は今日から再開でしたか」

「あ、ううん。用事で出掛けてたんだけど……ラナ、長くなるから順を追って話すわ。ラナのいない間に実は色々あったのよ」

「そうなのですか?是非お聞かせください。その前に紅茶を準備いたします。長くなるのですよね?」

「えぇ、お願い。ラナの分もね」

「かしこまりました」


 着替え終えると丸いテーブルと二つ椅子が置かれた窓際に向かい、片方へ腰を下ろした。それに続くように紅茶と少しのお茶菓子がテーブルに乗せられる。


「ありがとう、ラナも座って」

「失礼します」

 

 ラナの淹れてくれた紅茶に口づけると一息つく。空はほとんど暗くなっており、夕日は沈む直前だった。少し開いた窓から涼しい風が入ってくる。


「……美味しい。いつも通りのラナの紅茶ね」

「腕が落ちてないようで何よりです。数日淹れないだけでも、感覚は鈍るものですから」

「ラナなら鈍ってもすぐに取り戻せるわよ」

「わかりませんよ?」


 顔を合わせながら笑い合った。久しぶりの一人だけではない部屋を実感する。何気ない会話を少し交わしてから本題へと入っていった。


「……ラナが行ってしまった後まで遡るのだけど」

「はい」


 建国祭最終日の夜から始まり、レイノルト様の元で変化の決心をしたこと。

 リリアンヌお姉様とベアトリスお姉様の知らなかった姿と守られていたことを知った日。

 私の知らないエルノーチェ家の話。

 戦うことを決めて、戦い方を身に付け始めたこと。

 調査報告の報酬として手作りを頼まれて悩んでいたこと。


 一つ一つの話の内容が濃すぎて、事細かに話すことはできなかった。だが、それでも要点だけをしっかりと伝えるとラナは段々と瞬きの回数が増えていった。


「……ということなの」

「………………えっと。そういう夢を見たという話ですか?」

「ううん、全て私の身に起きたことで間違いないよ」

「え、待ってください。全然理解が追い付きません。……とにかく、戦う決意をなされたんですね?」

「うん、ラナのおかげ」

「お嬢様が本格的に変わってくださるのは本当に胸がいっぱいで、嬉しさで涙が出そうなのですが……ベアトリスお嬢様とリリアンヌお嬢様の話が衝撃的すぎてかなり混乱しています」


 感極まる表情から一気に困惑の表情へと変化するラナ。当然の反応に、一度に話し切ってしまったことへの申し訳なさを感じ始めた。ラナからすれば膨大な情報量だっただろう。


「ごめんね。とにかく話を聞いて欲しくて足早に話してしまって。もっと具体的に話すから。……大丈夫そう?」

「お、お願いします」


 改めて二人のお姉様について話し始めた。今度は事細かに、二人の見えていなかった本当の姿が意味することを順を追って説明していった。


「……話を聞いて、真実を知った今。お二方とこれからお互いについて知ることを約束したの」

「……決して今からでも遅くないと思います」

「頑張るわ。それに私が次のパーティー……キャサリンお姉様の生誕祭で戦えるようにそれぞれ技術を指導してもらってて」

「し、指導ですか?」

「ほら、これ」


 そう言うと、レイノルト様に見せたように扇子を広げて見せた。


「これはリリアンヌお姉様から貰ったの。私の睨みがあまりにもできてなくて。取り敢えず次のパーティーはこれで戦う予定よ」

「なるほど……不思議とお嬢様が以前よりも強く感じます」

「なら効果はアリね」

「十分かと」


 閉じた扇子を片手で握りしめていると、ラナが申し訳なさそうに呟いた。


「……それにしても、お二方にそのような背景があったことは存じ上げませんでした。何も知らないまま、受けた印象をそのまま人柄だと勝手に判断していて」

「それは私も同じよ、ラナ。自分ことを恥ずかしく愚かに思ったわ。でも同時に今更だけれど知れたことに感謝してるの。過去は変えれなくても、未来は変えられるでしょう? だからきっと、関係を構築するのは遅くないと思うの。……ラナ、傍で見守っていてくれる?」

「当然です、お嬢様。私も未熟な自分から成長しますので、何かあったらご指導ください」

「……わかったわ、任せて」


 二人で強く頷き合うと、事細かに話せなかった話を再開するのだった。



 

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