第57話 とある侍女の休暇(ラナ視点)




「お母さん!」


 勢い良く扉を開いて、中で静養しているであろう母の姿を見つける。


「あら、ラナじゃない。…………報せも無しに帰ってくるだなんて、どうしたの?」

「どうしたのって、お母さんがぎっくり腰になったって聞いたから心配になって休みをもらって来たのよ!」

「やぁね、そんな歳じゃないわよ。ぎっくり腰ぐらいじゃ何の問題もないわよ」

「…………確かに、元気そう」


 気付かれぬようぼそりと呟いてから改めて見れば、母は椅子に座らず立ち作業をしていた。普通の健康状態なら座って行うものなのに、凄い違和感を感じた。


(多分ぎっくり腰は本当よね、立って針仕事してるんですもの。せっかくお嬢様から休暇をいただいたから、傍についてよう)


 状況を確認すると、心配かけまいと無理に元気そうに振る舞ういつも通りの母だと理解する。


「安心してお母さん。私しっかりお嬢様から休暇をいただいたから」

「……クビになったんじゃなくて?」

「違います。正真正銘休暇だから」

「でも大丈夫なの。ラナはお嬢様付きの侍女でしょ?よく、休みをくれたわね」

「そこは心配もあるけど……でも大丈夫。お嬢様は自分の事は自分でできる方だから」

(何せ働いてますからね!)


 様々な言い訳を並べながら、お嬢様に対する不安の気持ちを消そうと試みたが完全に払拭することはできなかった。でもその度に、変化の兆しを見せたあの決意の姿を思い出していた。

 きっと大丈夫、お嬢様だから。そう不思議と思い起こさせるあの姿を浮かべながら、再び母に様子を尋ねた。


「だから大丈夫なの。数日間はいるつもりだから、何でも言って。その針仕事も代わるよ」

「じゃあご飯を頼める?これは説明するのも手間だから私が自分でやるから」

「任せて」


 荷物を起きながら、上着を脱ぐ。台所に向かう途中でエプロンを見つけると手際よく身につけて料理の準備に取りかかった。


「……仕事はどうなの、ラナ」


 台所の後ろにあるテーブルに仕事道具を並べながら、作業を続ける母。その声を背中で受けると簡潔に答えた。


「変わらずよ。とても良くしてもらってるから」

「相変わらず付くお嬢様は変わらないんでしょ」

「うん、変わらずに末のお嬢様にお仕えしてるけど。何かあった?」

「いやね、最近耳にしたのよ。ラナが勤めるお家から一人、第一王子様の婚約者に決まったて。ラナが仕えるお嬢様じゃないの?」

「違うわよ。三女でお嬢様の姉君の方だから」

「へぇ。じゃあラナは王宮侍女にはなれないのね~」

「王宮侍女って」


 思わぬ方向へ話が言ったことに手が止まりながらも、言葉の意図を探った。


「ならないし、なれたとしても嫌よ。私はお嬢様がいいの」

「変わった子ね。普通は王宮勤めに憧れるもんだと思うんだけど」

「お母さんは知らないかもしれないけど、基本的に王宮に限らず侍女って大変なのよ。普通ならご機嫌取りとか、侍女同士の上下関係とか面倒なことがたくさんあるんだから。王宮が仕事場になったら今以上に大変になるわよ。身に付けることが多すぎて」


 言葉の通りエルノーチェ家、特にレティシアお嬢様は普通からはかけはなれている。機嫌取りは一切必要とせず、求められるのは最低限の身の回りの世話のみ。気軽に優しく接してもらえるために負担やストレスを感じることはまずない。


 お嬢様付きとは言え、一般的には侍女同士の連携や交流はある家が多い。それが全くないのがエルノーチェ家が特殊な家である証拠だ。侍女同士の個人間のやり取りはあったとしても、上下関係は求められず、交流を必要最低限しか求められない。一つの家の中に四人も令嬢がいるという、前提も中々変わっていることが理由だろう。

 

「ラナの仕えてるところは普通じゃなかったわね」

「うん。お嬢様が四姉妹だから侍女は仕えてる人以外と交流することはもちろん、お嬢様同士も……なんと言うか凄く親しい訳ではないから、侍女同士も関わる機会かなくて」

(関わろうと思えばできるけど、それをする理由も必要性もないから……)


 思えばお嬢様と特殊な公爵家のおかげで随分と楽ができている気がする。


「じゃあ親しいのはお嬢様くらいなのか」

「そうだね」

「お嬢様は最近どうなんだい」

「それがねお母さん、実はお嬢様が殻を破ろうとしているの!」

「あらまぁ」

「うん!もう自分のことのように嬉しくて」

「それはおめでたいねぇ。私はラナが仕えるお嬢様については詳しくないけど、殻を破るなんてご令嬢からしたらかなり難易なことだろう。それなのに努力しようとするのは、高潔な証拠だね」


 高潔、そう言われてお嬢様の姿が再び浮かぶ。普通とはかけ離れたお嬢様だが、時折見せる雰囲気や仕草には十分気品が見える。磨けば必ず光る、素晴らしい方だと自身を持って言える。


「そう思う。……自慢のお嬢様よ」


 そう笑って母の方を向くと同時に、もうお嬢様に会いたくなってしまったのだった。

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