第56話 頼れる友(レイノルト視点)



 微妙なものでも反応が返ってくれば良いものだと思っていた。だがリトスはそんな予想を大きく上回ってきた。


「……………」

「初めて興味をもって結婚まで考えてる相手だから、そりゃ好意は持ってると思っていたけどな。それでも俺の予想を遥かに越えるほどだ。そんなに姫君が好きかぁ……そうかぁ」


 腕を組むと感慨深そうに考え込みながら、椅子の背もたれに背中を預けていった。先程までの乗り出す姿勢は消え去り、何故だか一転してリトスは和やかムードである。

 言いたいことがもしかして伝わらなかったと不安になるほど、話題の捉え方が斜め上をいっている。さすがに不安に満たされそうになったので、リトスに理解の確認をしようと尋ねた。


「リトス、わかってるか?」

「もちろん。なんだ、レイノルト。もしかして姫君のことそんなに好きじゃないのか?」

「いや好きだけど」

「ならわかってるだろ」

「そうじゃなくてだな」

「あぁ、悪かった。好きなんてもんじゃないよな。愛してやまないくらい大好きなんだな。訂正する」

「リトス」

「違ったか?」

「……違わないが」


 だろ?と言わんばかりの明るめの表情を向けられ、言葉に詰まってしまう。リトスの言葉の意図も理解できぬまま、どこか流されてしまっているような気がした。


「……リトス、俺は自己嫌悪の話をしてたと思うんだが」

「あぁ、してたな。姫君が愛しすぎてヤバイって話だろ?」

「……間違ってないんだが、言いたいことは違う。行動できない自分が嫌だっていう話で」

「何もおかしくないだろ、別に」

「え」


 もう一度説明をし直そう。今度は端的に。そう思って言葉を続けようとすれば、あたかもリトスは話を聞いていたという反応をした。


「何一つおかしなところも、自己嫌悪に陥る要素もないって言ったんだよ。だってそうだろ?誰だって好き人を前には慎重になるものだ。まぁそうじゃない奴もいるとしてもな。嫌われたくない、失望されたくないっていうのは相手が好きだから愛しいから生まれる感情だろう。そこから慎重になって何が悪いんだ」

「…………」

「それにレイノルトは抱えてる秘密は人と違うんだから、慎重になるのが当然じゃないのか。当たり前の事をしてるんだから、自分を責める必要はどこにもないぞ」

「…………そう、なのか?」

「そうだよ、何もおかしくない。おめでとうレイノルト。お前は至って普通だよ」


 嘘偽りのない言葉であることは、長年の付き合いから声のトーンでわかる。心を見ずともリトスが商談相手でもない人間に、お世辞を言うような奴では無いことは知っている。その言葉が胸に響くと同時に、消しきれない不安から新たな悩みが浮上し始める。


「でもリトス。大事な時に踏み出せない人間とも捉えられるだろ」

「まぁ確かにそれはあるな。でも姫君鈍感なんだろ?」

「そうだけど」

「なら姫君からそんな風には思われないから安心しろ。そう考える相手っていうのは、レイノルトの好意に気付いていてレイノルトからの告白を待ってる人間のことだから。姫君がそもそも好意に気付いてすらないのなら、気にすることは何もないな」

「……確かに」

「むしろ気付いてもらう方に全振りして、全力でアタックするしかないな。うん」

「…………」

(リトスの言う通りだ、悩む場所はむしろそれだ)


 筋の通った答えに納得をしながら、彼女を思い浮かべる。自然と話の流れが、今後どのように彼女へ想いを気付いてもらうかについて方法

に変わっていった。それは自分が纏っていた暗い空気が薄れていくのも示していた。


「好意に一ミリも気付いてない相手に告白するのは、さすがにリスクが大きいからな。ほんの少しでもいいんだが……姫君は何も感じてなさそうか」

「あぁ。そんなところを含めて可愛いんだ」

「うん、吹っ切れて何よりだが惚気ろとは言ってないぞ」

「あぁ…………悪い」


 気付けば先程までの自己嫌悪が嘘のように薄れていった。まだ完全に消えている訳ではないが、上手く消化がされてきている気がする。リトスの力強い言葉のお陰で、肩が軽くなっていった。


「……ありがとうリトス」

「その為の存在だろ。……それにしても安心した」

「安心した?」

「あぁ。久しぶりに見たからな、お前の人間らしい姿」

「…………褒め言葉として受け取っておく」

「いや、褒めてる。というより感激してるんだよ。年々成長するにつれて人間らしさが薄れていっただろう?何でもそつなくでも完璧にこなすから、さすが大公って感じでな。不満や悩みも特段持たないから、人間らしい負の部分ってのは長らく見てなかったんだよ。だから言葉通り安心したんだ」

「……そうか」


 そんな風にリトスに思われていたとは。心配をかけていたことをどこか申し訳なく思いながらも、頼もしい友の存在にどこか嬉しくなる。


「でもこれからはその心配は無さそうだな。当分レイノルトは姫君に良い意味で振り回されそうだからな」

「良いことなのか」

「俺にとってはな。だがさすがに不憫になられても困るから、作戦会議をするか」

「文句を言いたいが、作戦会議はしたいから我慢する」

「そうしてくれ」


 完全に空気は入れ替わり、今度は彼女を思い浮かべながら真面目な話へと移っていった。


 どうにか彼女を手にするために、最善の方法を考えなくてはならない。そう胸に想いを抱きながら、恋愛について真剣に考え始めるのだった。


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