第48話 姉の務めと妹の決意


 確かに同年代の友人は作ろうとしなかった。幼い頃から他者と関わることに消極的だったと思う。めんどくさいというのも理由の一つだが、誰も近づかなかった故にできなかったのが当時の状況だった。


 そこから努力をしないのが、私である。当時は意地でもエルノーチェ家から出ることだけを考えていた。だから友人の必要性を感じなかったということもある。

 

 結果、幼い頃から特に外出することなく引きこもりへとなったわけである。


「それだけで充分だったの。レティシアがあの人には全く似ず、自分らしく生きているだけで。たとえ性格に難ありだったとしても、あの人を超えることはない。それだけで貴女は私たちにとって守るべき妹なのよ。もちろんキャサリンもそうだった。まぁあの子には必要なかったみたいだけど……」

「……でも」

「でもそれが姉の務めなのよ、レティシア」


 私の言葉を表情から汲み取ったリリアンヌが笑いかける。ベアトリスも、硬い表情を崩して柔らかな笑みを向けてくれた。


「無条件に守られる権利が貴女にはあるのよ。ましてや末っ子でしょう」

「そうそう。末っ子らしく甘えたことなど一度も無いんですもの、これくらい世話を焼かせてちょうだい。もちろん、これからもね」

「…………はい」

(胸が、暖かさで……本当にいっぱいになる)


 喜びと嬉しさで涙を隠しながら、感極まった笑みで返事をした。その返事に満足した二人は目を合わせると頷いていた。


「……さて。話を戻すけれど、キャサリンが王子妃を狙っているのは当然わかっているでしょう」

「はい。……あの、今思った疑問なのですが。何故、候補で話が止まっているのですか」


 思い付いたように尋ねると、ベアトリスは答えを知っていた。


「あぁ……ここから先はレティシアは知らない話かもしれないわ。殿下の母君、つまり王妃がねあの人のことが大嫌いなのよ」

「だ、大嫌い」

「えぇ。それはもう酷い嫌われようでね」

「まぁ当然と言えば当然よね。王妃とは国内で最も地位の高い女性。その方を差し置いてまで注目を浴びようとしてるんですもの」

「あ……」


 母と王妃が共にいる姿を見たことはないが、それでも容易に最悪な雰囲気を想像できた。


「親は親、子どもは子ども。そう考えれば良いのに中々割り切れないんじゃないかしら。レティシア、この前殿下との出会いの話をしたわよね」

「はい。説教をされたと」

「初対面にも関わらず、明らかに愚行でしょう。でも咎められなかったのは、そういう背景があるから。あとこれは考察だけれど、殿下にエルノーチェ家について色々吹き込んだり悪いイメージを植え付けたのは半分は王妃だと思ってるわ。まぁだからなんだという話だけれどね」

「……なるほど」

「考察しなくてもわかるわよ。十中八九そうだって、同族嫌悪ってね」

「確かにそうですね」


 子どもに影響を与える程、王妃が母嫌いであることがよくわかった。


「だから、候補で止まらざるを得ないんですね」

「そういうこと。まぁでも……これに関しては時間の問題でしょうけれどね」

「皮肉よねぇ。四人も女の子がいるのに、その中でも自分が嫌った人間に最も似た子を選ぶんですもの」


 ふふっと意地悪そうに微笑むリリアンヌ。ベアトリスはそれを無視して紅茶を飲む。


「も、もうエルノーチェ家以外から選べば良いのでは」

「王妃はそうしたいでしょうね。でも残念ながら貴族から支持を集めているのはキャサリンだから」

「……皮肉ですね」

「全くね」


 それだけキャサリンは、自分が優位になるように動いてきた。積み上げてきた結果だろう。


「候補にも選ばれて、確固たる地位を得たキャサリンだけれども。レティシア、貴女はこれを崩したいかしら」

「崩す?」

「あぁ、お姉様。言っていませんでしたね。レティシアは人形を辞めるそうです」

「…………レティシア」


 初めて知る事実に思考が一瞬停止するベアトリス。少し経つと、私の肩に手を置いて真面目な声色で言い放った。


「は、はい」

「やるなら徹底的によ」

「そうそう。援護射撃ならいくらでもできるからね」

「あ、えっと」

(リリアンヌお姉様、悪のりしてませんか……。さっきまで考えるようにって言ってたのに)


 リリアンヌの言葉を思い出しながら困惑した様子を見せる。


「戦わずして勝つことは不可能でしょ。どうせキャサリンは放置してくれないでしょうから、残された選択肢は戦うか逃げるかね」

「逃げる、ってなると……技術は必要ないわね」


 逃げる。


 その一言が胸に深く突き刺さる。


 確かにその選択肢を選んでも、自分を守ることはできるだろう。しかし、それでは今までと何も変わらない。


(……お姉様達が戦ってきたのに、私だけ逃げる?)


 そんなこと、できるわけない。


 ここまで聞いてきた話と、そこに隠された想いを振り返ると沸き起こった意志は段々と固まっていった。


「…………逃げたくありません。私は、自分を変えると決めましたから。だから、戦います」

「……」

「……」


 真っ直ぐ前だけを見つめると、芯のある声で意志を伝える。


「……もし、立ち止まることがあったら、助けて下さいますか」

「良い答えよ」

「待ってたわ、その言葉」 


 二人の姉は、今日一日で最も美しい笑顔を見せるとベアトリスは早速意気込んだ。


「そうと決めれば作戦会議よ」

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