第47話 それぞれの思惑
母によく似ているということは、キャサリンお姉様と母の関係は他の
「自分のことに精一杯で、キャサリンとレティシアに関わる機会は少なかったわ。キャサリンとまともに話したのはあの子が八歳くらいの時だもの」
「部屋の場所も作用されてますよね。私は偶々お姉様の隣だったから、幼い頃から嫌というほど顔を合わせられましたけれど」
「そうね。見飽きるくらい」
(またやってる……)
軽いけなし合いが面白いと感じるほどに、二人のやり取りは理解できてきた。
「うちはお父様が家を頻繁に空けることもあって、食事は基本各自でしょ」
「そういえば全員揃ってご飯を食べたことはないですねぇ……」
「確かに……」
食事をするための部屋はあるものの、無駄に広い部屋で一人食べる気分にならず、段々と自室で取るようになっていった。どうやら二人も同じようだった。
「顔を合わせたくない人もいたしね。……それでしばらくしてから、初めてまともに話す機会があったのよ。あの子に呼び止められてね」
「どんな会話だったのですか」
「本当に他愛もない、挨拶程度のものだった気がする。その時はきちんと作法を身に付けられていて感心していたのよ。立派に育っていて何よりって」
「私も初めて会った時は同じ印象だわ」
特段変わった様子はなく、何処にでもいるようなまさに普通の令嬢だったそうだ。
「それから間もなくして、キャサリンも他家の令嬢と交流を持つようになったり、さらに経つと社交界に出るようになった。私とリリアンヌは偽りとはいえ、悪い評判がたっていたでしょう? だから最初は、同情されていることが多かったわね」
「本当に普通の子だったから。申し訳なさを感じたくらいよ」
キャサリンは最初、二人の性悪な姉の面倒を見る妹というよりも、二人の性悪な姉を持った可哀想な妹という評価だったそうだ。
「本人は特段気にする様子はなかったし、だからといって目立つ行動をしたわけでも無かった」
「でもよく考えたらそれって、あの人を意識していたからだと思うの。キャサリンが社交界入りを果たした時期は、まだあの人がいたから」
「目立てば目をつけられる……」
「えぇ」
「賢い生き方よね」
キャサリンと母がどれほど交流を持ったかはわからない。だが彼女の立ち振舞い方から、母がどういう人間なのかは理解していた様子が伺える。
「だから何も警戒しなかった。する必要がなかった上に、私とリリアンヌはあの人とある意味戦っていたから」
「私は後ろで眺めていただけですよ?」
「あんな役を演じてたんだから、努力したのは同じでしょ」
「……はい」
(…………リリアンヌお姉様が照れてる)
褒め言葉に喜びが浮かぶリリアンヌ。ベアトリスの様子から、無自覚で行っていることが感じ取れる。それをニヤつきながら眺めた。
「あの人が病気で社交界に段々と出られなくなった頃、ようやく終わったと思った。やっと肩の荷が下りたって」
「実際、しばらくは良い意味で社交界は静かだったのよ。でも段々と戻ってきたの。嫌な視線が」
母という大きな枷が消えたことで、二人は多少の平穏を向かえた筈だった。それまでは周囲の貴族は母の機嫌取りのために、二人を腫れ物のように扱うだけでなく不必要な接触と視線を浴びせていた。その母親がいなくなったのだから、貴族達が二人に無理に接する必要はない。それなのに、面倒な雰囲気は戻ってきたと言う。
「おかしいと思ったわ。諸悪の根元はいなくなったのに、一体何が起こってるのか最初はわからなかった。でも少しずつ、キャサリンに対する周りの評価が変わり始めたの。性悪な姉をどうにか更正させようと奔走する、できすぎた妹ってね」
「…………本性を現したんですね」
「そうよ。お陰様で私は演じることを止めるタイミングは逃したし、お姉様も本当の自分を探すことを始められなかった」
ここぞと言わんばかりにキャサリンは、悲劇のヒロインを演じ始めた。
「私達に事情があれども、そんなことはお構いなしにただ自分のためだけに、利用できるものを利用し始めた。その手法といい立ち回りといい、思考といい………背筋が凍った。第二のあの人がいるって」
「そこからはあっという間で、キャサリンは社交界から一目置かれるようになった。お父様やお兄様さえも、あの子が描く姿を信じて私達を非難し始めたの。正直ため息しかでなかったわ」
予期してなかった、新たなる戦いが幕を開けたことに二人は落胆しざるを得なかった。
「レティシア、さっきお姉様は私達を守るために傲慢な令嬢を止めなかったと話したわね」
「はい」
リリアンヌの問いかけに力強く頷く。
「それは新たな敵、キャサリンから守るためだったの」
「でも結局果たせなかったでしょ。私が気づかない内にキャサリンはレティシアを利用しだした。本当はそれを阻止したかったのに」
「……待ってください」
「なに」
ベアトリスが如何に私を守ろうとしてくれたかはわかった。ただ同時に、引っ掛かることが出てきた。
「……私も、キャサリンお姉様のような人であったかもしれませんよ。守る価値なんて微塵もない可能性だってあったかもしれない。それなのに、どうして」
「それはないとわかっていたから」
「そうね」
「え?」
私の疑問に対していとも簡単に反応する。
「だってレティシア。貴女幼い頃からちょっと変わってたじゃない。同年代の友人を作るでもなく、親や私達に関わりに来ることもなく。ただひたすら引きこもってたでしょ。明らかにあの人とは似てないと思ったわ」
「同じく。良い子か悪い子かは置いておいてね。あの人ともキャサリンとも全く違う人種で……不思議な子どもだということは、少ない関わりからでもわかったもの」
(引きこもり……変わってる……不思議な子ども)
ベアトリスとリリアンヌの順に告げられた、幼い頃の私に対する評価にかなりの衝撃を受けながら固まっていた。
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