第46話 初めて世話を焼かれた日


 二人をいつまでも座り込ませる訳にもいかないので大丈夫だと伝えるものの、目に涙が残る私の言うことに説得力はまるでなかった。お互いに譲らなかった結果、大きめのソファーに三人で並んで座ることにした。


「そろそろ涙は止まりそうかしら?」

「は、はい」

「レティシア、無理をすることも気を遣うことをしては駄目よ」

「わかりました」


 背中をゆっくりさするベアトリスと、手を握るリリアンヌに囲まれながら、世話を焼かれる。面倒ではないか不安が沸き起こったが、満更でもない二人の表情を見て安心するのだった。

 ようやく私の涙腺が落ち着くと、少しずつ話が再開されていった。


「それにしても、中々お姉様の口調は直りませんね」

「えぇ。努力はしてるけれど、長年染み付いてしまったものを消すのは難しいわ」

「直そうとしているんですか」

「そうよ。もう母はいないのに、いつまで経ってもこんな雰囲気じゃ仕方ないでしょう?だから普通にしたいのだけれど……私は嫌われ役になった時に自分を見失ってしまったから、元通りも自分らしさもわからないの」

「…………っ」


 ベアトリスの壮絶な過去が頭をよぎると、再び引っ込めた涙が戻ってきそうになる。


「あら、また出てきちゃったかしら」

「もう。そんなに感情移入しなくていいのよレティシア」

「すみませんっ……」


 今度は二人で優しく背中を擦ってくれた。


「だから模索中よ。リリアンヌにも昔言ったけれど、悪い風に捉えないで。これから見つければ良いのですから」

「私も一緒に探しますよ」

「必要ないわ」

「あら、お姉様ではなく私のですけれど」

「……ややこしいのよ」

「……私も探します」


 二人の流れるような会話に自然と入っていく。


「レティシア、リリアンヌの真似なんて馬鹿みたいなことはお止めなさい」

「まぁ、酷い」


 これまた真剣な瞳で諭される。リリアンヌは大袈裟に反応するが、どこか楽しそうだ。


「事実よ。……まぁ、そう言うことなら皆で協力して見つけましょう」

「はーい」

「はい」


 話は和やかに一度区切られると、本題に入る前に質問に答える時間が始まった。


「ここまでの話で、聞きたいことがあれば聞いて」

「あの……ベアトリスお姉様は、王子との婚約を望んでは」

「ないわね。……ではどうしてあのような振る舞いを続けたかって目をしてるわね」

「はい」

「単純にそこまで侵食されていったというのが理由の一つ。もう一つは……あったのだけれど、目的は果たされなかったわ」


 濁すような言葉に、聞いてはいけなかったかと焦りが生まれる。それを全く動じずにリリアンヌが補足をいれる。


「本当はね、私とレティシアを守るためなのよ。詳しくは本題に入ってから話すわね」

「わかりました」

「…………」

「不服そうな顔ですねお姉様。言っておきますけれど、誰かのために犠牲となることは恥ずかしいことではありませんからね。たとえ失敗していたとしても、胸を張って伝えてください。でないとレティシアはわかりませんよ」

「……えぇ、そうね」


 様子を見ていてベアトリスについてわかったことがある。彼女は決して自分を過大評価しない。そして私やリリアンヌの事を第一に考えてくれる思考の持ち主だ。ただそれが少し行き過ぎて、私達が自分の行いで余計な心配や負担にならないように話を選ぶ。無意識かもしれないが、彼女は妹を大切に思ってくれている。


(こんなにも素敵なお姉様なのに、私は評判を鵜呑みにして。当時の自分を叩いてやりたい。無知は愚かだと言うけれど、その通りね)


 それはもちろんリリアンヌに対しても言えることで、反省の想いはより強くなっていった。


(だからこそ、もっと二人のことを知ろう。今からでも遅くないと、リリアンヌお姉様と決めたのだから) 


 一人心の中で力強く頷くと、次の質問をした。


「リリアンヌお姉様は、お母さ……あの人とはどれくらい関わったのですか」

「ふふ、別にお母様と呼んでも問題ないわよ。そうね。お姉様に比べればそんなに多くなかったわ。お姉様の後ろ姿を見て育ったから、目立てば刺激を与えることを知っていたの」

(なんとなく、お母様と呼びたくはなかった)

「だからといって、あんな極端におかしな性格を演じる必要ないでしょ……」

「いいじゃないですか。おかげであの人に目はつけられなかった上に、王子からは嫌われましたし」


 どうやらあの演技はベアトリスに不評のようだ。


「それにもう演じませんし」

「……お疲れ様」

「お疲れ様です、お姉様」

「ありがとう」

「まぁでも。よく似合ってたわよ」

「あらお姉様。褒め言葉として受け取っておきますね」

「……あはは」

(火花を散らすのが好きなのかな……うん、多分そうだ)


 二人だけにしか出せない雰囲気を感じながら、無理やり一人で納得していた。


「……その、私は気配というか存在感を消して過ごしたので興味も持たれなかったのですが、キャサリンお姉様は」

「……そう。その話をしたかったのよ」

「ようやく本題ね」


 これから始める重要な話に備えて、私は背筋を伸ばした。

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