第45話 美しき誇り
少し過激な表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。
▽▼▽▼
淡々と過去を語るベアトリスは、感情が抜け落ちてしまった人形のように見えた。それは私の意図的に作り出したものと違い、どこか凄く痛々しそうな雰囲気を感じた。
「確かに私は公爵令嬢で、身分的に何を言ってもある程度は許されたかもしれない。だけれど、そうしていると周りから人は離れていくもの。幼いながらに友達が欲しかった私は、その行動は許されてもしてはいけないものと認識するのは早かった。母から悪意を感じ取ったのも同じ時期だったかしら」
それからというもの、ベアトリスが母を警戒する日が続いたと言う。
「母は監視してた。私が少しでも普通に振る舞うと、何度も家で注意してきたわ。けど最初はそれを受け流して終わらせていた。そうすれば……思い通りにならない私に愛想をつかして、放っておいてくれるんじゃないかなって期待してたから。でも……違った」
思い通りにならない娘は、放置をするのではなく教育という名の躾をして飼い慣らそうとした。その内容は酷いもので、聞くに絶えないものだった。
「初めは母に無視をされる程度だった。それなら別にいいって思っていたの。けれど段々と過激になっていった。家に仕える侍女にまで無視をさせたり、食事を出してもらえなかったり。ドレスなど衣服も新しいものを与えてもらえなかったりした」
「それって」
「えぇ。ある種の虐待とも言える行為ね」
「……………」
私が大きな衝撃を受けるなか、リリアンヌの表情は少しずつ険しいものになっていった。
「あの人の徹底している所は、お父様の前では良い母親として振る舞っていたこと」
「助けは求めなかったのですか」
「お父様に報告しようとしたことは何度もあった。けれども必ず先回りをされて、根回しをされてあるせいで真実が伝わることはなかった。大抵のことは、教育の一貫としてはぐらかされてたんじゃないかしら。物は言いようだもの」
「…………」
(……そういう親は、確か毒親というはず。この世界で通じるかはわからないけれども)
父がどんな人間かは知らないけれど、親らしいことは何もしていないことは明確だった。
「それでも反抗し続けたのよ。誰が嫌われ役になんてなるものですかって。でも駄目だった。あの人はしつこくて……」
「お姉様。ここからは私に話させて」
「リリアンヌ」
「良いでしょう?私に関することでもあるのですから。…………それに、言わないつもりだったでしょう」
「…………」
「話しますからね」
途端に罰が悪そうな表情になるベアトリス。対して揺るぎない意思を持ったリリアンヌは、ベアトリスの言葉が浮かぶ前に話を続けた。
「レティシア。お姉様はね、私のために犠牲になったの」
「リリアンヌ、それは違うと」
「事実です。お姉様、反論は私の話が終わってからにしてくださいな。まずは話させてください」
「……わかったわ」
リリアンヌの圧に押されたベアトリスは頷かざるをえなかった。
「あの人はね、頑ななお姉様は使えないと判断すると早々に私に手を出してきたの。同じような言葉を私に言うと、洗脳しようとした。私は幼くて何だかわからなかったけれど、お姉様は全てを悟った。私を自分の代わりにするつもりだって。それが許せなかったお姉様が、私を守るために嫌われ役になってくれたの」
「そんなことが……」
「…………」
そこからベアトリスは、初めて刷り込まれた令嬢像になるように振る舞っていったという。
「お姉様は私を含む兄妹を守るために、自らの人生を犠牲にした。傲慢だ、自分勝手だ、公爵令嬢として評価するに値しない。そんな言葉は何も知らない愚か者の戯れ言よ。それはあの人が作り出した、ベアトリスという虚像にすぎない」
リリアンヌは両手を重ねると、自身の手を強く握りしめた。ベアトリスは複雑な表情だった。
「……でもそんなお姉様も愚か者よ。だって一人で抱え込んで、一人で兄妹を守れるだなんて思い込んでるんですもの。傲慢そのものじゃない。自分勝手に犠牲になるんですもの。最悪よ。…………でも、本当に守り抜いてくれた。おかげ様で私はもちろん、レティシアに危害が加わることはなかった。そんな姉を、私は誇りに思うわ」
「…………珍しいわね、リリアンヌがそんなことを言うだなんて」
「事実ですもの。嘘偽りのない私の本音よ」
「ありがとう。でも貴女の言う通り、私が勝手にやったことだもの。余計な感情や同情は不要よ。もちろんレティシアもね」
「何度も聞きましたよ」
初めて聞かされた真実を前に、胸が張り裂けそうなほど激しい悲しみと罪悪感に襲われた。余計なことを考えるなとベアトリスは言うが、そんなこと簡単にこなせるものではない。複雑に想いが絡み合うなか、何とか必死に涙をこらえていた。
「…………泣くのではないわレティシア。涙は別の機会に取っておきなさい」
「……はい」
「でも、今日だけは見ないフリをしてあげる。だから泣きなさい。嫌な話をして申し訳なかったわね」
「そんな……こと」
「あらあら、大粒の涙ね」
二人の姉はいつの間にか私の傍にきており、しゃがみながら私を優しい眼差しで覗き込んでいた。
「ありがとうございます、私に、自由をくれて……」
「なにもしてないわ」
「素直に感謝は受けとるものですよ、お姉様」
私が何の干渉を受けなかったのは、ベアトリスという存在が大きかったことを初めて知った。当たり前に好き勝手にしていた裏側で、苦悩を抱えることになった姉に申し訳ない想いが沸き起こって、涙が止まらなかった。
「泣き止んでちょうだい。泣かせるためにこの話をしたんじゃないのよ?本題はこれからなのに……」
「お姉様、泣くなという方が無理ですからね」
「そう言えばリリアンヌも初めて聞いた時は泣いてたわね」
「お静かに、お姉様」
二人は困りながらも、暖かく泣き終わるのを待ってくれていた。
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