第42話 姉妹の交流
早速扇子を渡されると、使い方の細かい指導を受ける。角度や持ち方、視線の処理などをリリアンヌの手で直されていく。
「……これが最善かしら。レティシア、さっき言った通りそのまま目を細めてみて」
「はい……どうでしょうか」
「うん、いいんじゃないかしら」
完成形にたどり着くと、それを忘れないように体に染み付ける。
「その扇子はあげるわ。是非使ってちょうだい」
「え、でも」
「言ったでしょう、用意はしたものの私は使わないの。だから今後も使う予定はないわ。そうすると、その扇子はほこりを被ることになるのだけど」
「……ありがたくいただきます」
「えぇ」
リリアンヌの厚意を受け取ると扇子を閉じて座った。一息つこうと茶器を持つ。
「ちなみにレティシア。貴女はキャサリンをどうしたいの?」
「どう、ですか」
「えぇ。婚約者候補の座から蹴落としたいのか、はたまた社交界から追放したいのか。それとも…………仲良くしたい?」
「……考えたこともありませんでした。自分を変えることが正しいと思って、そればかりで」
「もちろんそれは何一つ間違ってないわ。でも、貴女が変われば確実に綻びが生まれる。そうすれば少なくともキャサリンは、今と全く同じ状況ではいられないでしょう。その時に貴女は必ず選択を迫られる」
(守った先に待ち受けるもの……)
リリアンヌの言葉はまさに的確で、彼女は既に少し先の未来を見据えていた。
「自分を守りたいと言ったわね? レティシア、守るためには戦わなくてはいけないの。たかが令嬢同士、ましては姉妹。けれどもそんなものは関係ない。姉妹でも容赦してもらえないのは、貴女が身をもって実感しているでしょう」
「…………はい」
「だから変わるのには、それ相応の覚悟が必要ということよ」
その途端に緊張が走る。ここから先はいつものように、ぼんやりとしていられないことを悟る。
「そういう意味も踏まえての質問よ。貴女はどうしたい、ってね」
「……」
「今すぐに答えを出せとは言わないわ。じっくり考えてみて」
「はい」
それも含めて、自分の生き方を変えたことによる影響について熟考するべきだと思うと、ぐっと手に力をいれた。
「ちなみにレティシア。侍女は仕事中かしら? もしいるのなら、お茶菓子をお願いしたいのだけれど」
「あ……実は暇を出していまして」
「そうなの。……待って、ということは最近は一人なの?」
「そうです」
「支度はどうしているの」
「最低限自分のことは、自分でできますので」
「愚問だったわ。働いているのですから、できてもおかしくないわね」
どこか少し誇らしそうな眼差しを受けるものの、お茶菓子についてどうするかを悩んでいた。
「お茶菓子……探せばあるのですが、実はどこにあるのか把握をしてなくて」
「それなら私の部屋に移動しましょうか。それなら私の所の侍女に用意してもらえるし。まぁ、あまり居心地は良くないけれども」
「大丈夫です。私もお茶菓子が食べたいので」
「それなら良かった。さ、行きましょ」
立ち上がり茶器を片付けると、リリアンヌの部屋へと向かった。その最中も話題を変えて会話は続く。
「お姉様。本当にこれから先は一度も社交界にでないのですか」
「そのつもりよ。少なくとも当分の間はお休みするわ」
「ご友人方の家に遊びに行かれたりもしないのですか」
以前、ベアトリスの代理でパーティーに出席した日を思い出す。あの日リリアンヌは、友人との外出をしていたはずだ。少なくとも外出する仲ならば、会うくらいはしそうに思えた。
「友人…………そうね。だからその代わりに働こうと思って」
「そうでした」
「それでね、そろそろ本格的に職探しをしようと思ったのだけど」
どうやらそれよりも働こうという考えの方が強いようだった。
「正直な所、初心者過ぎて何がなんだかわからないのよね。それで思い付いたのよね」
「何をですか」
「貴女の職場で経験を積みたいなって。もちろん、難しいなら拒否してちょうだい」
「私の、ですか?」
「そう。働くのが本当に初めてで、右も左もわからないから、きっと最初は誰かに教わるでしょう。でもボロが出るんじゃないかって心配なのよ」
リリアンヌの懸念というのは、貴族らしい振る舞いや雰囲気が出てしまうことを恐れての事だった。
(私は根からの庶民気質だったけれど、お姉様は演じてようが演じてまいが貴族に変わりはないのよね)
それを考えると、確かに懸念は当たりそうだなと感じる。恐らく感覚というのも庶民から離れているだろうから、それを知るところから始めなくてはならない。だが、それは職場ではやらないだろう。そもそも働き手は皆庶民なのだから。
「わかりました。今は店主夫妻が店を空けているので休業なのですが、もう少しすれば仕事が再開になります。その時にもう一人雇えるか聞いてみますね」
「お願いね」
「……お姉様」
気品ある受け答えから、とあることを考え付く。
「ん?」
「その間にやって貰いたいことがあります」
「なにかしら、何でもいってちょうだい」
「口調を直した方が良いかもしれません。お姉様の口調は上品すぎて、一発で貴族だとバレる可能性が」
「……盲点だったわ。確かなこの口調は馴染まないわよね」
口調というのは染み付いた癖のようなものなので、直すとなると相当の努力を要する。難題であることは間違いない。
「今日から特訓ね。レティシア、時々付き合ってくれる?」
「もちろんです」
そんな難題でもリリアンヌならこなしてしまう、そんな確信を感じて頷いた。
目的地の部屋に近づくと人影が見える。
「?」
「あら」
その人影はこちらの存在に気づくと、勢い良く近づいてきた。そして小さく、しかし覇気のある声をあげた。
「リリアンヌ……! いくら終わったとは言え気を抜くのが早いわよ、不用心にもほどが……え」
「ごきげんようお姉様」
「ご、ごきげんよう。ベアトリスお姉様」
「な、何でここにレティシアが」
声の主はベアトリスであった。リリアンヌの影に隠れていた私に気づくと、明らかに動揺をし始める。
「まさか……抜け駆けしたのね、リリアンヌ!」
「誤解ですわお姉様。私は少しレティシアとお茶会をして」
「それを抜け駆けというのよ!」
(抜け駆け……抜け駆けって何の話?)
よくわからない言葉でリリアンヌに詰め寄るベアトリス。二人が言い合う横で、一人混乱するしかなかった。
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