第40話 変化を求めて



「レティシア嬢、何か名案を思い付きましたか?」

「はい。といっても実現可能か定かではないのですが……」

(不確定なことだから、決まってから伝えたいな。期待させて残念な結果だったらお互い気まずくなるだろうし……)


 微妙な間を作っていると、それを察したレイノルト様が再び配慮をしてくれた。


「……では、そちらはレティシア嬢に任せても大丈夫ですかね。元より御自身のことですから変な言い方ですけれど」

「……い、いえ。是非とも任せてください!」

(ありがたい……)


 気持ちが通じたかのような対応に感謝をすると、改めてこれからについて話し合った。


「レティシア嬢は、何故このような状況……姉君に利用されるようなことになったか発端はご存知ですか」

「…………いえ、気付いたら悪評は出来上がっていたので」

「でしたら、私にそれを探らせて頂けませんか。自分にできることを考えたのですが、噂の根本を調べることに私は適任だと思うのです」


 レイノルト様曰く、他国から来た人間であれば社交界では当たり前のエルノーチェ姉妹の悪評について、臆することなく聞けるのだとか。


「セシティスタの社交界では新参者と同じ立場ですから。噂に疎いのも当然のこと。聞いて回ることも恥ではありません」

「ですがその」

(こき使ってるみたいで申し訳なくなる)

「任せていただけませんか」


 その意思は既に固まっており、崩すことは不可能だと悟る。


「……あ」

「?」

「では先払いで何かさせてください」

「さ、先払いですか?」

「はい。ここまで話を聞いて頂いただけでもありがたいというのに、ここから先を無償でやっていただく訳にはいきませんから。調査をしてもらうのならお礼は当然のこと、その上で先払いをさせてください」

(誠意を形で表さないと。無料ただより怖いものはないと言うし)


 我ながら瞬時に思い付いたとは言え、中々の案だと感じていた。対してレイノルト様は少し悩ましい表情になってから、条件付きで了承してくれた。


「ありがたく頂戴しますが、その先払いは金銭でなくても良いですか」

「私が渡せるものであれば」

「では、レティシア嬢。貴女のエスコート権をもらえませんか」

「…………え?」

「素性を知られたくなければ仮面舞踏会でも構いません。もう一度、貴女とパーティーで踊りたくて」

「…………それは、良いのですが」

(それって先払いになるのかな)


 提案を受け入れるものの、果たして先払いするつもりだったお金に見合っているかがわからず混乱する。


「いつのパーティーにするかは、話し合って決めましょう」

「は、はい」

(まぁ……誰かと踊りたくなる日ってあるよね。私はないけれど)


 意図がよくわからないまま頷くと、レイノルト様は満足そうに笑みを浮かべる。


「……私も、自分にできる範囲で調べてみます」

「無理はなさらないで下さい」

「はい、レイノルト様も」


 それから簡単な約束事を決めると、次に会う予定も立てて解散の流れになった。


「申し訳ありません、こんな時間までお付き合いいただいて」

「不要な謝罪ですよ。お互い有意義な時間を過ごせたんですから」

「それなら良いのですが……」

「では、約束の通りに。決して無理はなさらぬよう、何かあれば直ぐに連絡してください」

「はい」

「見舞いのそれもたくさん食べてくださいね」

「あ、本当にありがとうございます。美味しく頂きます」


 馬車まで見送ろうとしたが、むしろ私が家に入るまでを見送られると言う構図になってしまった。若干の申し訳なさを感じながらお辞儀をすると、屋敷へと入っていく。近くの窓からレイノルト様の姿を見ていると、馬車が遠ざかる音が聞こえた。


 完全に気配が消えると、私は自室へと戻った。建国祭のパーティーに出席していたベアトリス達が帰ってきたのは、それから間もなくしてだった。


(鉢合わせなくて良かった)


 一人になった自室で就寝準備を済ませると、明日の計画に向けて早めの眠りについた。


◆◆◆


 

 ラナの起床時間を告げる声のないことに寂しさを感じながら、ゆっくりと目を覚ます。眠気を覚ましながら一人で身支度を済ませていく。


 計画といっても、今日動き出せるかはわからない。というのも、キャサリンが家にいる場合鉢合わせが面倒なのだ。できれば接触がない日が良いのだが、出掛ける様子が無いか確認をしに部屋を出る。


(……今日も出掛けてくれるかしら)


 父とカルセインは、いつものように出勤しているため家にはいない。不確かな希望を抱きながら二階からも玄関が見える場所で待機していると、背後から名前を呼ばれた。


「あら、レティシアも出掛けるの?」

「…………!」


 そこには昨日見た雰囲気のリリアンヌが立っていた。


「リリアンヌお姉様……おはようございます」

「おはよう、レティシア」

「私は出掛けないのですが……お姉様は?」

「昨日言った通り、当分家にいるつもり。そこでせっかくだし、レティシアの部屋に遊びに行こうかと思って」

「あ、え?」

「他の人なら大丈夫よ。キャサリンなら今日から王子妃教育が始まる関係で、二人と一緒に登城したからね。お姉様は昨日の疲れで寝てるし。今日は起きないんじゃないかしら」


 私以上に行動しているリリアンヌに驚きながらも、この機会を逃してはいけないと部屋への訪問に大きく頷いた。


「是非、部屋にいらしてください」

「ありがたくお邪魔するわね」


 来た道を今度はリリアンヌと共に戻っていく。自室へ入ってもらうと、適当な場所に座ってもらった。


「随分と落ち着いている部屋ね。私もこういう色味が好みなのよね。もうしばらくしたら、変えようかしら」

「模様替えですか」

「えぇ。あの変わった部屋も必要なくなるから。といっても、油断はしないで殿下の婚約が固まるまで我慢するわ」


 リリアンヌが部屋を見回す間に、私は飲み物の用意をしていた。だが生憎、紅茶の茶葉の置き場を把握していなかった。危機が訪れたものの、緑茶の存在に気付くとそれを用意する。


「あら、変わった色ね」

「緑茶と言うんです」

「りょくちゃ?」

「はい。……友人からのもらいもので」


 レイノルト様に関してどう表現するか一瞬迷った結果、友人という言葉を使う。


「へぇ……」

「口に合わなければ教えて下さい」

「わかったわ。……もう少し冷ましてからにするわね?私こう見えても猫舌なの」

「それは……すみません、配慮が足りず」

「気にしないで、言わなかった私が悪いのだから」

「あ……はい」


 優しい対応から昨日見たリリアンヌが夢ではないことを改めて実感する。


「ちなみにレティシア、あんなところで何をしていたの?」

「実は……お姉様を探していまして」

「私を?」


 そう、計画とはリリアンヌがいなくては始まらないこと。


「お願いがあって」

「何かしら、何でも言って頂戴。何度も言うけど、今暇なのよ私」

「あ……あの。睨み方を教えてくれませんか」


 リリアンヌというある種の女優に教わること、これが最も価値のある方法だと私は考えたのだ。




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