第38話 こぼれ落ちたもの
前半レイノルト視点、後半レティシア視点です。
▽▼▽
見覚えのある門が視界に入り、ある程度近付くと馬車を降りた。見舞いの品と称する予定の手土産を片手に屋敷へ向かった。
前触れも無しに訪れることは間違いなく不躾な行為だ。だから最初から訪問しようとは考えていなかった。何かの奇跡で彼女に会えれば良いと思っていたのだ。それが叶わなければ、別日に約束を取り付けてから来る予定を勝手に立てていた。
我ながら無計画な行動で、ほとんど衝動的に動いたことに気付くと少し反省をする。
(こんなことは初めてだ。だが……どうしても、今日彼女に会えないことは耐えられそうになかったんだ)
一人で言い訳をしながら閉ざされた門の前に立つと、部屋の明かりがつき始める。もしかしたら部屋の中にいる彼女が見えるのではないかと、明かりの方へ歩き出す。
(…………奇跡だな)
しばらく歩くと、ぼんやりと周囲を眺める彼女が立っていた。彼女に会えたことに喜びと安心する気持ちが混ざり合う。自然と笑みをこぼしながら声をかけた。
「お
突然現れた存在に驚きを隠せない表情を見せる彼女の顔からは、どうしてここにという心が読み取れた。当然謹慎の話は知らない振りをして、見舞いという口実を使って彼女の疑問に答える。
話の途中、彼女が自分をフィルナリアの大公と認識してしまったことに何故か肩を落とす。
(直感的に、知られれば壁が作られる気がしていたが……嫌な予感は当たるものだな)
明らかに、どこか隔てた対応をする彼女が遠く離れようとしている気がして悲しくなった。そんなことを表情に出したところで何も変わらないため、空気が元に戻るように接し始めた。
話の流れは彼女が謹慎をし、そこに至るまでの経緯を語ることになった。彼女の視点で聞くことこそが大切であったため、心の声含め一語一句聞き逃すことのないよう集中する。
(やはり……彼女による過失はあるものの、原因は別にある)
予想通りの裏側に失笑しながらも、あの令嬢の私に言い返すのが悪いという言葉の真意が理解できた。正当な罰を下されなかったことに再び異常な状況を感じ取ると、どうすれば彼女を守れるのか考えようとした。その直後に続いた彼女の言葉に、大きな衝撃を受ける。
その言葉は、自分への信用が薄いことを指し示すものだった。
(……こんなことで君に失望なんてしない。レティシアは間違いなく、出会った頃から今までも誇り高き淑女だ)
些細なことで幻滅すると思われていた状況に苦しくなる。だがそんなことは置いて、とにかく思い込む彼女の考えを壊そうと動いた。
(どうか距離を置こうとしないでほしい)
その一心で、嘘偽りのない想いを言葉で明確に表して告げる。その言葉に黙り込むものの、心情と僅かに変化した表情から伝わったと安堵する。
(この人は……私に対する偏見が何もない。どうしてそこまで純粋な思考で見れるのだろう)
初めて流れ込む彼女の弱々しい気持ちを噛み締めながら受け止める。門に到着して触れられるようになると、どこか泣き出しそうな彼女を抱き締めたくなったが、寸前で理性が勝つと彼女の頭に手を伸ばした。
「……よく頑張りましたね、レティシア嬢」「………………………………………………はい」
彼女の全てを知るわけではないが、普段とは異なる事を行ったのは確かだった。その頑張りに対して賞賛を送りながら、頭に優しく触れた。
(お疲れ様、レティシア)
俯く彼女の頬には静かに涙が流れる。それを黙って見なかった事にして、少しの間ただ寄り添っていた。
◆◆◆
〈レティシア視点〉
暖かな言葉と優しさに包まれると、知らないうちに溜まっていた想いが涙となって落ちていった。
「ありがとう……ございます」
「…………」
まだ涙目の私をあやすように、優しく頭を撫でてくれる。誰かに頭を撫でられるのなんて、今世では初めてだった。そのおかげで、ぐちゃぐちゃになりかけた心は落ち着きを取り戻していく。鳴り響いていた警報はすっかり止み、安心感さえ芽生え始めていた。
とても解散の雰囲気にはならず、このまま立たせてしまうことに罪悪感が生まれる。先程の散歩で見つけた、門の近くにあるベンチへの移動を提案すると快く承諾してくれた。
涙を拭ききり熱くなった顔をどうにかして冷ますと、再びレイノルト様へ感謝の言葉を告げる。
「ありがとうございます」
「吐き出せたのならば、何よりです」
「…………はい」
涙の理由には決して触れず、ただ労る言葉をかけ続けてくれる配慮がありがたかった。ぎゅっと瞬きを何度かして、気持ちを通常へと戻すことを試みる。
(みっともない姿見せちゃったな……)
そこでようやく恥ずかしい気持ちも生まれ、再び赤面しかける。それでも、これ以上レイノルト様を待たせるわけにもいかないので気合いで防ぐ。
(反省会は後で後で…………)
会話のできる雰囲気を察したレイノルト様が口を開いた。
「……レティシア嬢、謹慎は明日までですか?」
「はい。パーティーへの出席を禁じられただけなので」
「不服だとは、思わないのですか」
「……思わないと言ったら嘘になりますけれど、正直自分の気持ちがわからなくて」
ここ数日、いつも通りの自分からかけ離れた行動を続けたせいで何が正解かわからなくなっていた。気持ちの持ち主だというのに、どうしたいかもわからない。
「きっと……無意識に変わろうとしているんですね」
「変わる?」
「はい。どうでもいいのならば、悩んだりはしません。何かを変えたいから通常の思考にはならず、踏み留まっているのかと思います」
「確かに……」
自立だけを目標に生きていくことを決めていた。その想いが今も揺るぎないものであるのならば、答えは決まっている。何も変えず、これからもキャサリンの芝居に付き合えば良いのだ。これまでの私なら、貶されることを何とも思わず平気な顔で対応しただろう。でも今はどうか。色々な人の想いや本音を知って、このままではいけないという考えがどんどん大きくなってきたのだ。
「レティシア嬢。貴女はどう変わりたいですか?」
単純な、それでも私にとっては重い問いかけに即答はできなかった。
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