第37話 気付いた異常性(レイノルト視点)
会場入りをすると賑やかな声に囲まれる。既に多くの貴族で中は埋まっていた。普段は人混みというものを悉く嫌うため、このようなパーティーは常に憂鬱な気持ちを抱えて参加をする。今日も流れ込む心の声にため息をつくものの、彼女に会える喜びへと気持ちを切り替えて待つことにした。
王家へ挨拶を済ませると、いつものように気配を消して、人に囲まれないようにと移動する。まだセシティスタ王国のご令嬢方にはほとんど顔が知られていないため、接触されることはない。自国のパーティーに比べれば、状況的にこちらの方が快適と言えるだろう。
会場内を見渡すと、エルノーチェ家は誰一人てして来ていないようだった。基本的に家族で揃って入場するものなので、まだ到着していないことを察する。
エルノーチェ家は公爵家ということだけあり、周囲の反応で到着がわかる。貴族達が扉に注目する中、同じく静かに顔を上げると視線を向けた。
(…………………………いない?)
現れた人影は全てで四人。そこに彼女の姿はなかった。もう一人いないことから、後から二人で来るのだろうかと推測する。取り敢えず状況把握をしようと、エルノーチェ家に気付かれないよう近付いた。
実はエルノーチェ家の公爵とその子息であるカルセインとは面識がある。自分が王弟ということもあって関わることがあり、その際に屋敷へ連れていってもらった。数回交流をしたが、真面目な青年という印象だ。
それなりの関係値だが、今日は特段用事もないために気配を消す。話が始まって彼女のもとに行けなくなるのを防ぐためだ。
(レティシアはいつ来るのだろうか)
家族であれば何か情報を得られるのではないかと、彼らのやり取りと心の声に集中する。
「キャサリン様、本日も素敵なお召し物で」
「ありがとう」
彼女の姉の一人が、家族から少し離れて友人と思われる令嬢と会話を始めた。簡単な挨拶を終えると、欲しい情報が出始めた。
「あの……ところで、リリアンヌ様とレティシア様は?」
「あぁ、リリアンヌお姉様は体調が優れないみたいで。レティシアは……」
「?」
肝心の情報が濁されてしまう。微妙な表情を浮かべると沈黙が始まった。痺れを切らして内心に焦点を変えようとした時、公爵が助け船を出すように手短に説明をした。
「あの子は謹慎させている。何か用事があったかな」
「い、いえ!」
謹慎という二文字は、まるで鈍器で殴られたような衝撃を与えた。
(……謹慎)
彼女が謹慎になるような事態がすぐに思い付かない。懸命に頭を働かせた結果、もしや労働が公爵に知られたのだろうかという可能性にたどり着く。
(だとしたら仕方ない。……彼女が心配だ)
不確かな予想を浮かべていると、彼女の姉が俯き始めた。
「謹慎は……私のせいなの」
「キャサリン様の、ですか?」
「えぇ。私があの子の機嫌を損ねてしまったから……」
「馬鹿を言うな。非礼を働いたのはレティシアの方だ」
「お兄様、ですが」
「キャサリン。そんな無意味なことは考えずに、パーティーを楽しみなさい」
それを見てわかった。これが彼女が心で吐いていた劇場ということが。作り上げられた空気に周囲は姉に心配な視線を送る。
(心の中を見ても、同じ態度でいられるか)
どうやら読み取った心情から考えると、劇を始めた姉と公爵とカルセインの三人は、彼女のことを一つも良く思っていなかった。姉はともかく、父と兄が家族だというのに冷めきった態度で軽蔑する姿には少し動揺した。だが、瞬時に理解したのは、彼らとはわかりあえないということだった。
彼らの中に瞬間的に浮かんだ彼女は、別人と言っていい程崩れた姿だった。思えばエルノーチェ家がどうなっていて、彼女がどのような状況に立たされているのかは考えたこともなかった。婚約を考えている相手の背景にまで注意がいかない浅はかな自分に嫌気がさしながらも、彼女の事を何も知らない彼らが憐れに思えた。
(これはよく調べる必要があるな)
その背景が異常だと直感的に感じ取ると、自分が今後どう動くべきかが少しずつ明確に頭の中に浮かんできた。彼らの心も話題の変化に伴い、彼女のことを語らなくなる。これ以上自分の求める情報を手に入れられないことを察する。異質な空気に一人冷ややかな視線で見渡すと、その場を後にした。
彼らの心の声から、彼女が謹慎した経由を知れた。だが、あくまでも彼らの主張のようなものなので偏りが発生しているだろう。あの態度から、真実が異なると推察できた。
(私に言い返すのが悪い、ね。果たしてあの令嬢はレティシアに何をしたのか。場合によっては)
決して許すことはしない。そう強く思いながら、急いで馬車へと向かう。当然彼女の元へ行くのは確定事項だが、突然訪問しても驚かせる上に失礼だろう。
(無礼にならない方法……)
一つ名案が浮かぶと、御者に行き先を告げて馬車へと乗り込んだ。時刻はまだお昼過ぎで余裕があったために、手土産を持って向かおうと考えた。その為一度家に戻ることを選択した。
だがそれが判断ミスだと少し後悔することになる。建国祭の最終日、賑わっているのは貴族だけではない。平民達も同じようにお祭り騒ぎであるため、あらゆる場所が通行止めとなり渋滞ができていたことまで把握できなかった。
馬車での待機を余儀なくされたのは言うまでもない。何度も徒歩を考えたが、礼服である上に歩道も空いているとはいえない。もどかしい気持ちでただ待つことしかできなかった。
彼女の家に到着できたのは、夕日が落ちた頃だった。
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