第35話 込められた言葉


 振り返って声の主を見つけると、ここにいる筈のない人が立っていた。


「レイノルト様……」

「一昨日ぶりですね、レティシア嬢」


 柵越しに姿を確認するものの、疑問しか浮かばない。


「あの、建国祭は。一応今日は最終日ですが」

「そうですね」

「パーティーには行かれないのですか」

「挨拶がてら顔は出してきました。用もないのですぐに抜けたんです。出席を義務づけられているのは、あくまでもセシティスタ王国の貴族ですから」

「…………!」

 

 納得しながら頷いていたのも束の間、目の前にいる人が帝国の大公であったことを思い出す。その途端に冷や汗が走り、不敬な行動をしないようにと脳内で警報が出される。


「……レティシア嬢、大丈夫ですか?」

「あ、はい。大丈夫です」

「やはり体調がすぐれないのですね」

「え?」

「義務であるパーティーに欠席されていたので。お体がすぐれないのだろうと心配になって、思わず見舞いに来てしまいました」

「お、お見舞い?」


 誤解をさせてしまったことはもちろん、それが原因でわざわざエルノーチェ屋敷まで来させてしまったことに罪悪感を抱いた。そしてそれは不敬になるのかと心で慌て始める。


「はい。急でしたので見舞いの品は果物しか用意できませんでしたが。あと、緑茶の茶葉を持ってきました。早くよくなってくださいね」

「……レイノルト様、大変申し上げにくいのですが、私は至って健康です。体調は崩していません。わざわざいらしていただいた上に見舞いの品までご用意いただいたのに、申し訳ありません」

(これはもしかしたら、とんでもない不敬にあたるのでは……)


 不安な面持ちで頭を下げると、飛んできたのは安堵の声だった。


「それなら良かった。レティシア嬢は元気なんですね」

「……ご覧の通り」

「安心しました」

「あの、申し訳なく」

「何を謝るのですか。これは私が勝手に早とちりしたことですから。レティシア嬢には一つも責任はありませんよ。もし罪悪感があるのならば……そうですね、見舞いの品ではなくなりますが、せっかくなのでこれを受け取っていただけますか?」


 いつも通り変わらない笑みの対応を見て、どことなく安堵をする。雰囲気をみる限り不敬に感じている様子はどこにもない。


「わかりました……ありがたくいただきます」

「では入り口へ移動しましょうか。ここからでは渡せないので」


 警報は鳴り続けるものの、緊張は少しだけ解れつつあった。柵を隔てて並びながら、門へと歩き出す。気まずさを抱きながらも会話を試みた。


「本日はどうされたのですか」

「実は……謹慎を言い渡されまして」

「謹慎ですか? レティシア嬢が」


 一体何故と言わんばかりの表情を浮かべながら軽く首をかしげた。謹慎という言葉の響きが良いものだと捉える人間はごく僅かだろう。必然的に、悪く受け止められる出来事で間違いない。それを含めて、今後どうなるかを理解した上で私は話は始めた。


「昨日、失態を演じまして」

「失態ですか」

「はい。参加したパーティーの主催者の方に挨拶することを忘れまして。帰ってきてから気付いたのですが、時既に遅く。貴族として守るべきマナーを守れなかったので、謹慎を言い渡されました」

「…………」

(キャサリンとの一件は話す必要はないな)


 端的に説明すると、レイノルト様の表情は曇り始めた。


(呆れたかな。だとしたら仕方ない、それだけのことをやらかしたのだから) 

 

 表情から大方の感情を予想すると、私は発言を続けた。


「悪いのは明確に私なので、何も言い訳ができません。パーティー上のマナーである、基本中の基本もできていなかったのですから」

(この一件でレイノルト様に悪く思われようとも、それこそ仕方のないこと。私は自分のしたことに後悔していないから、そうなる運命でも受け入れられる)


「…………」

「淑女失格だと思われて当然の事です」

(元々思われていたかもわからないけれど……。仮に幻滅されそうになっても、決して自分をよく見せようとしてはいけない。それをしてしまったら、その瞬間私もキャサリンお姉様に近づくことになってしまうから)


 ますます黙り込むレイノルト様の様子から今後を悟り始めた時、困ったようにでも優しい声色で言葉を紡いだ。


「本当にそれだけですか」

「え?」

「公爵令嬢である貴女が、理由も無しに礼節を軽んじるとは思えません。何か事情があったと考えるのが当然でしょう」

「あ……」


 呆れた、幻滅された、見放された。どれかに当てはまらなくても彼の中で私の評価は下がるだろう。そんな考えは浅はかであったと思い知ることになる。


「言いづらいのであれば構いません。貴女がどのような方なのか全てを語れる訳ではありませんが、レティシア嬢が礼節をしっかりと身に付けている方だということはわかります」

「…………」

「たった一つの過ち。それも不確かなものだけで、私の中にあるレティシア嬢の印象イメージが変わることなどありません」


 断言すると同時に足を止めるレイノルト様。その微笑みには強い思いが感じられ、一切偽りのない本心であることを理解させられる。


「…………」

(この人は……私に対する偏見が何もない。どうしてそこまで純粋な思考で見れるのだろう)


 穏やかな笑みとは反する強い意思の籠った眼差しに当てられて、私は少しだけ……ほんの少しだけ泣き出しそうだった。表情だけは崩さないよう踏ん張っていたが、どこまで保てたかはわからない。ただひたすら、レイノルト様の言葉が暖かく胸に染み込んでいくのを感じた。


 気がつけば門の前に到着していた。

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