第34話 最終日の幕開け
気付けば日が落ち始めていた。それはパーティーの本格的な始まりの時刻を意味していた。
「もうこんな時間。すっかり話し込んでしまったわね」
「全く気が付かなかったです」
「それだけレティシアが真剣に答えてくれたということよ。本当にありがとう、とても有意義な時間になったわ」
「お役に立てて嬉しいです」
「ふふ。こんな時間ですし、お開きにしましょうかね」
「はい」
価値観や考え方に通じるものがあったお陰ですっかり打ち解けることができた。席を立ち扉へ向かうと、リリアンヌが見送ってくれる。
「またお話ししましょう、レティシア。今度は────」
「?」
「ううん……なんでもないわ。部屋まで気を付けてね」
「ありがとうございました、失礼します」
何か言いかけたと思えば、それを言葉で表すことはしなかった。特段気にすること無く丁寧にお辞儀をすると、私は自室へと戻った。
部屋へ戻ると出迎えてくれたのは焦った様子のラナだった。
「お嬢様!」
「ラナ、どうしたの?」
「あの、急な話になり大変申し訳ないのですが、少しの間休暇をいただけないでしょうか」
「もちろん大丈夫よ。緊急事態なのね?」
「はい。実は母の腰がやられたみたいで」
話を聞くと、ラナのお母様はぎっくり腰になってしまったようだ。その報せが先程届いたと言う。ラナの家は母親と弟の三人家族。弟も最近は学校へ通いに出ており、寮生活をしている。そのため、母親は実質一人暮らしなのだとか。
「弟に頼もうかとも考えたのですが、今は大切な試験期間ということを聞きまして。できれば任せたいと言われたので」
「遠慮無く休んで」
「ありがとうございます! ……ですが心配です。私がいない間のお嬢様が」
私の世話をしてくれる専属侍女はラナだけなので、心配する気持ちはわかる。正直私自身も一人で過ごすのはひさしぶりなので不安はある。だが、そんなことを言っていては送り出すことはできない。それらしい事を言って平気だと主張した。
「……大丈夫よ。部屋から出ない数日を過ごすだけだから。仕事もお休み期間だからね」
「そうでした。少し安心できた気が……なるべく早く戻りますので」
「せっかくの機会だもの。ゆっくりしてきて」
長らく傍に居続けてくれるラナが、まとまって休む姿は見かけない。基本休暇を取らないために、一週間以上休むとしても何の不満もなかった。お母様の看病をしに行くためにゆっくりできるかはわからないが、それでも焦らずに戻ってきてほしい。そんな思いが胸に浮かぶ。
だが私の事が心配なようで、最後まで早く戻ることを言い続けていた。少し申し訳なさを感じながらも、ありがとうと言って送り出す。日が落ち始めたとはいえ、外はまだ明るかったので急いでラナは実家へと向かった。
一人静かになった部屋で横になる。そもそもは謹慎だった筈だが、そのお陰で姉について知ることができた。かなり大きな収穫を得たことに喜びながら、少しだけ謹慎を言い渡した父に感謝した。
(疲れた……けれど眠くはないんだよね)
ぐっと体を伸ばしながら、この後どうするか考えようとした。しかし頭を使いすぎたせいか上手く働かない。疲れを感じながらもどうするか悩み始める。しばらくすると大体の算段が頭のなかで纏まってきた。
このまま何も考えずただ横になるのは嫌なので、再び散歩をすることにした。
(日も落ちたし、今度は外にでも行こうかな)
外に出るので、一応外出用のドレスに着替えようとクローゼットを開ける。
「本当に拘りがないというか。似たり寄ったりな服ばかりだなぁ……」
その上数が少ない。普通ならば、クローゼットを埋め尽くすほどドレスを中心とした服が備わっている筈だろう。実際に姉達は皆、衣装部屋を個々に持っている。しかし私は大きめのクローゼット単体が部屋にあるのみ。その中身は、通常の令嬢とは縁遠いと言わんばかりの内容だった。
特段気にすることの無かった事だが、ラナとリリアンヌ二人の言葉が頭を過る。
(まだ貴族なんだし、もう少しだけ増やそうかな)
すかすかのクローゼットを見つめながら、新たな服の購入を決意した。取り敢えずあるものを選び着替えると、髪の毛を整えてから外へと向かった。念のため日傘を片手にドアを開けた。
(日差しがなくなって大分涼しくなってきた気がする)
玄関に着くと、空を見上げながら日が落ちきる様子を見守った。ほんのりと暗くなることを確認すると、屋根のある玄関から足を伸ばした。一人で玄関前の庭をゆっくりと歩き始めた。
(普段は裏にある玄関しか通ってないから、あまりここを観察したことはないんだよね)
自分の生まれ育った場所だというのに、見える景色は初めてのもののように感じた。新鮮な気持ちで植えられた花や整えられた木々を眺めて回る。
パーティーが本格的に始まった時刻なので、当然出席している家の主達の帰りはまだまだ先になる。そのため使用人達が庭になど目を向ける訳もない。今頃は家の中にある仕事を片付けていることだろう。
一人の時間を楽しんでいると、いつの間にか門の近くまで来ていた。玄関の方を振り返ると、そこまでが大分遠いことがわかる。暗くなったことを告げるように、玄関前の明かりがついた。何気ない風景をただ眺めていると、突然背後から聞き覚えのある声が聞こえた。
「お
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