第33話 次女の計画
冗談のようにさらりと述べられた言葉は、嘘のように聞こえてしまう。それでも纏う雰囲気は至って真剣なものだった。
「…………理由を、聞いても」
「もちろんよ。と言ってもどこにでもあるような話だと思うから、そんな大したことではないけれど」
思ったより深刻な背景でないことに安堵しながら、リリアンヌの語り始めた過去に耳を傾けた。
「幼少期にね、王子の話し相手として連れていかれたことがあるの。その日は元々お兄様が向かわれる筈だったのだけど、体調を崩されて。代打ではあるものの役目を果たそう、ぐらいには考えてたと思う。取り敢えず無難に頑張ろうって。幼いながらに緊張しながら意気込んだものの、結果は最悪なものだった」
最悪なものという言葉から連想されるのは、幼いながらにやってしまった失態だ。不敬にあたることをしてしまったのだろうかと頭に浮かぶ。
「挨拶して会話が始まるでしょう? 私はそれなりに話題を考えてきて、殿下との話に備えたわ。いざ話すとなると緊張するなって思いながら黙ってると、あちらから話しかけてくれたのよ。ありがたいと思いながら集中した。……けれど、並べられたのは説教じみた言葉ばかりだった」
「せ、説教?」
想像できない状況に思わず聞き返してしまう。
「えぇ、説教。……当時の私やお姉様の評判はあの母親のせいで勝手に悪いものにされていた。でもあくまでも噂程度というか、信憑性が高い評判では無かったと思うわ。けれども殿下の中での私は違った。あの方の中ではね、出会った頃から私は周囲に迷惑をかける自分本位な女だったの」
「……出会ったばかりですよね?」
初対面の人間なのに、説教。奇妙な光景が頭に浮かぶ。
「おかしな話よね。初対面の人間なのに知ったような口で苦言を呈し始めるんだもの。だから困惑したけれど、足りない頭で考えたの。恐らく噂にお兄様から聞かされた言葉が重なって、殿下の中で私が作り上げられていたんじゃないかって。他にも色々吹き込まれていた可能性はあるけれど、そんなことは別にどうだっていいの」
「…………」
もしかしたらカルセインを助けたくて、出た正義感かもしれないとリリアンヌは述べたが、だとしても関係ないと続けた。
「あの場で私が彼に幻滅した理由は、人の話を鵜呑みにして目の前に本人がいるというのに、確めもしないで接していたことよ。しかも苦言も説教も正義感からやってるんだから、余計たちが悪く感じたわ。そのたった一日だけで、殿下という人の根本が見えた気がして。あ、この人は無理って直感的に感じたのね。そこからはもう生理的に受け付けないってなっちゃったのが、大きな理由かしらね」
流れるように軽く語っているが、考えてみれば恐ろしいことだ。準備をして臨んだ席で、受けたのは苦言という名の文句。初対面だから予想もしなかった状況だというのに、冷静に分析できるリリアンヌに感心してしまった。
「でも真面目に生きていたら、婚約者候補筆頭になること間違いなしでしょう? 腐っても肩書きは公爵令嬢なんですもの。いくらお母様や自分の評判が悪くとも、お父様は宰相だし。下手したら婚約を結ばれかねない状況だった。だから行動したの。自分を悪く見せるためにね」
とにかくエドモンド殿下から嫌悪される為の行動として、まずは家の中で性悪に見られるように演技を始めたと言う。
「殿下の耳に届ける最適な方法は、お兄様を経由すること。だからまずはお兄様から嫌われることを目指したわ。と言っても元々嫌われてたから事は早く進んだんだけれどね。関わる機会なんてそんなに無かったのに、気付いたら嫌われていたのよね。不思議。まぁ……今となってはどうでもいいんだけど」
リリアンヌ曰く、
「慣れてしまえば苦ではなかったわ。私にとっては殿下との婚約の方が苦だったしね。……それに、努力は実を結んだでしょう?」
「…………はい」
その言葉通り、リリアンヌは婚約者候補には名前が挙がらなかった。
「だからこれからは、ゆっくりと社交界から消えようと思ってね。今消えれば周囲は、候補に選ばれなかった故に失意で社交界を去ったとか何とか噂してくれるでしょう」
まるでそこまで計算し尽くされたような終わり方で、リリアンヌの計画性の強さが見えた気がした。本当のリリアンヌという人は、評判には何一つ該当しない。むしろ聡明で気高い人なのではないか、という思いが頭を巡る。
「さ、私の話はこれくらいにして。今度はレティシアのことを教えてくれる?」
パンッと手を叩きながら話に区切りをつけた。その優しげな眼差しに、もはや気まずい雰囲気はなくなり自然と頷いていた。
「もちろんです」
そこから私の心の内を少しずつ明かしていった。自立を考えていることを主軸にして、家を出る未来まで告げた。そこで返ってきたのは意外にも心配する言葉であった。
「自立ね……でも、大変じゃないかしら。平民になるというのは」
「その為に、日々働いていますから」
「………………働いてる?」
「はい。基本は食堂で、次が校正を」
「レティシア」
「?」
「その話、詳しく聞かせてちょうだい」
身を乗り出しながら興味津々で聞き出すリリアンヌの瞳は、キラキラと輝いていた。
「実は社交界から消えた後は何をしようと考えた時に、働いてみたくて。でも何からして良いかわからないから図書室で調べてたのよ」
「だから経営の本を?」
「そう。貴族の図書室に平民の働き方なんて書かれた本は無いでしょ? だから少しでも近いものを読んでたんだけど。経験者がいるなら話は別だわ。教えてちょうだいレティシア。私にも労働は可能かしら」
「大丈夫だと思います」
そこからはリリアンヌによる、私の仕事の話への質問攻めが始まった。やりたい意思は本物で、事細かに質問を受けた。その時間は長く数時間にも及んだのだった。
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